迷子の気持ち

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迷子の気持ち

 イヅルを置き去りに、俺の手を持ったままズンズン歩を進める迪也。  街灯のない暗い通りに出たとき、ようやくその足が止まり、手が解かれた。 「……う……うう…」  半分雲に隠れた月に浮かぶ迪也の体が嗚咽に揺れるのを、どうしていいかわからない。  抱き締めてやりたいくらい、頼りない背中。  けど不本意なキスの後でのそれは、拙いだろう? 「……ごめん…迪也。俺がもっとうまくやれてたら……」 「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ!」  感極まったように泣きじゃくる迪也は、俺にはもう爆弾と同じだ。赤の線を切ればいいのか、青の線を切ればいいのか、それともどっちも切るのか。  どう声をかけていいのかもわからない。  なんというか……。  処女の女の子って、こんなん感じなのかな?  えー……無理無理。  俺、基本えっちな子しか相手にしてないし、べロチューだって挨拶ってくらいの”性”春期だったんだからさあ。  青い春とか、無縁なんだってっ。 「……ごめんは俺の方だって。守ってやるとか言っといて、結局俺、何もできなかったし……」  そう。キスされただけ。  それもこんな幼気(いたいけ)な子供に。 「違……ち…が…くて……」 「あれだ。俺とのキスなんて、枕としたようなもんだから、カウントすんなよ? キスのカウントは、あれ、ほれ、好きな相手として初めて始まるもんだからな?」  こういう慰めがいかに無意味かってことは重々承知してます。  ますけどね。   じゃあっ! なんて言ったらいいんだよ!? 「…き…なん…です…ごめんなさい……」  ん?  雪?  茎?  蕗?  鋤?  スキ……?  あ、いや。  そ……。  はい? 「えと…えーと…」 「好きなんだっ!! 僕っ!! 山登さんのこと、好きだからっ!! だからっ……ごめんなさい……っ」  混乱する俺を置いてけぼりにして迪也が声を絞り出す。 「こんなこと……気持悪いでしょ? でも、好きなんですっ!……ずっとずっと。バイト来るのが楽しみで、構ってもらえるのが嬉しくて。山登さんは女の子しか興味ないってわかってたから……だから、こんな……告白なんて…するつもり、なかったけど……でも、山登さん、バイト辞めちゃったら、僕とは接点なんてなくなって、そしたら、二度と、会えないかもしれないって思って……そしたら……」  何も言葉を返さない俺に、怒ってるとかの雰囲気と勘違いしてしまったんであろう迪也が、ますます体を小さくする。 「なんかもう……俺なんかが…ほんとに…気持悪くて………ごめんなさいっ…!!」 「…あの……なんつうか……」 「ごめんなさいっ! 僕男なのに…山登さんに……キスなんて……しちゃって……もう…なんなら、殴ってくれても……」 「いや、俺、どんだけ武闘派?……俺は、別に、いいんだよ、キスとか、そゆのは、全然。ただ…びっくりしたというか…その……」  びっくりっつうか、困惑?  その辺の感情に尽きる。  だって、まさかの爆弾発言だったから。  爆弾。おお。やっぱ迪也は爆弾だったか───って、いや、だから、そうじゃなくて。  …………………………………マジか。  「わ、るい。全然、気づかなかった」 「ごめんなさいっ」  人を好きになるって感情は謝らなきゃいけないものじゃないはずなんだ。  でも俺は、それを知ってる。  ───好きになってごめん。  何度、心の中で呟いたかしれない言葉。 「謝るのは、やめてもらえたほうが、いい、かな」 「ごめ………ぁ…ご……あ……」  唯一の言葉を奪われたみたいに、出せない言葉の代わりに涙を流す迪也を。  抱き締めて、やれたのなら。  何か。  変わるだろうか。 「俺こそ、ごめん。混乱してる。ただ、これだけは……。迪也のファーストキスが嫌な相手じゃなくて良かったって思ってる。とりあえず今は、こんなことしか言えないけど……赦してもらえる?」  俺不在みたいな、とんでもなく客観視した言葉を返すのが果たして正しいことなのか。  抱き締める代わりに、その頭に手を載せる。  そのとたん迪也の嗚咽が大きくなって。  そしたら俺まで迷子みたいな気持になって。 「俺なんかで泣くなよ。もったいない。俺は……浮気かどうかもわかってないような、軽い男だよ?」 「………好きなんです」  気が付いたら、その小さく揺れる体を、抱き締めていた。 
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