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居場所と在り方
「ねえ山登、ごはんできたら呼ぶから何かしてたら?」
ダイニングテーブルに顎を載せて、キッチンで立ち働く母さんの後姿を眺めていたら、突然、痺れを切らしたとばかりに母さんが振り返った。
「お構いなく」
「……こっちが構うわよ。なんなの? いつもは呼んでもなかなか来ないくせに」
「ただいまぁ……!? なんであんたがいるの!?」
仕事から帰ってきた姉ちゃんが、俺を見てガッと目を見開いた。
そしてなんでか瞠目したまま母さんを見て、そんで目を合わせた母さんが眉を寄せて小さくうなずくのに、この人らの情報伝達手段はかなり発達してるんだなと感心するも、面白くはない。
「俺の家はここだと思ってたけどね」
「いや、だって。あんたがイヴイヴに家に居るとか、なに? 気持ち悪い」
「イヴイヴってなんだ。普通の日じゃないか。居たら悪いわけ?」
「悪かないけど……」
「……ねえ」
目を見合す親子。
「山登が家でちゃんと晩御飯食べるなんてあんまりないから、なんか調子狂うのよ。しかもね、この子ったら、さっきからずっとここで居るの。落ち着かないったら」
後半は姉ちゃんに語りかけてる母さん。
親の言葉とも思えない。
ずっとフラフラしてた俺が悪いっちゃ、まあ、そうだけどさ、酷くない?
そりゃあ高校に入ってからは遊びだバンドだバイトだ予備校だと、ほとんどまともに家に居らず、大学入ってからは……うん。あいつが独り暮らし始めたから……さ、飯はね、まあ、そういう感じになってたけど。
「なんだよ。ちゃんと家族で揃って飯食えとか文句ばっか言ってたくせに」
「何言ってんのよ、今更。最近なんか家で姿見かけると思ったけど、何? バイト辞めたの?」
「ええ。ちゃんと就職しないと、この家の人たちに何言われるかわからないんでね」
「当たり前でしょ? 散々遊んどいて、たっかい金払って予備校行って、たっかい金払って私立行って。そんで就職できないなんてありえないもの」
小さな頃からコツコツ勉強して、塾も予備校もなしで国立の大学に入った姉ちゃんは俺の生きざまをお気に召してない。
まあね。
俺も、それに関しては言い返せないんだけどさ。
好きな男追いかけて受けた大学だから。
はは。痛い奴だ。
「だーかーらー。今俺は就職する為の自己推薦書にむかって、必死で自分を盛ってるとこなんですぅ」
姉ちゃんの化粧ばりにと付け加えないくらいには、俺も大人になったもんだ。
「で? 飯は?」
「うるさい子ね。だから、できたら呼ぶって言ってるのに。そんなにお腹減ってるの?」
「ていうか、あんた、そんなとこでボーっとしてるんなら何か手伝ったら?」
「いいわよ。大きな体して邪魔になるだけだから」
「あーあ。定年後の旦那ってこんななんだろうなぁ。怖い怖い」
まったく20歳にして濡れ落ち葉扱いされるとは。
はぁぁ。俺の居場所はどこにあるんだ。
部屋に戻り、何をする気にもなれず目をむけるのは愛用のスマホ。
ふっ切ろうふっ切ろうと思う心とは裏腹に、ついあいつの名前を探してしまうのは、癖、なんだろう。
「はあぁぁ」
目を閉じると浮かぶのは、薬指に光る指輪。
あいつと、俺じゃない相手を結ぶ輝きだ。
「一人にしないで……か」
ずっと前。
俺が心を封印すると決めたあの日のあいつの言葉。
「もう……一人じゃないじゃねえか」
なら。
どこにも行くな、も。
俺まで失いたくないっての、も。
もう有効じゃないってことだろ?
俺が居なくたって、おまえの傍にはあの人が居るなら。
あの日───。
俺が一番大事な存在だから、みたいなこと言ってたのは。
あいつの周りがクソ野郎ばっかで。
その時は、俺が近い存在だったから。
でも今は。
指輪の相手がいるなら、そのポジは当然相手のもんで、俺の出る幕なんて、ない。
それを証拠に、あいつからの連絡は笑えるほどなくなった。
蜜月ってやつですか?
それにしたって、手の平返し過ぎだし。
なのに。
こない連絡を待ってる俺がまだ在ることに、笑えるほど驚けるわ。
「………!?」
暗くなってたスマホの画面がいきなり明るくなって、手の中で暴れ出すのにびっくりして取り落としそうになった。
まあ着信の相手が一目瞭然で、儚い期待に破れて胸痛めることもなかったんだけどさ。
「もしもしヤマトぉ?」
甘ったる声。
久しぶりに聞くものだった。
「よお、レナ。ひさしぶり」
「ほんとよぉ。全然連絡くれないんだもんっ! 彼女できたとかそんなときは連絡してっていったのに、どうなの?」
「できてないよ」
「むぅー」
「いや、ほんとに。最近学校と家の往復だもん。今も家にいて、家族から迫害を受けてたとこ」
「じゃあぁー、今から出てきてよっ! クリスマスパーティしよ?」
レナのパーティが何を示すか。
わかってるけど、───そそらない。
「あー、風邪ひいてるから、止めとくわ」
「何ぃーそれーーーっ」
何って。
嘘も方便ってやつ。
だって、もう必要ないんだ。
女が好きな軽い奴の振りする意味も、傍にいて欲を爆発させないために発散させることも。
傍に居ないなら、安心させるようなことも、いらない。
「悪い」
そこも、俺の、居場所じゃないんだ。
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