いつか誰かと歩む道

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いつか誰かと歩む道

「失礼します」 「はい。どうぞ」  与えられた肩書きの割には重厚感というものに欠ける部屋のドアをあけると、年の割に若く見える部屋の主が、穏やかな声の通りの表情で俺を迎えてくれた。 「メリークリスマス。えーと、君は…」  交わせなかった挨拶を、そのコイビトからもらうなんてな。皮肉も皮肉な話だ。 「理学の」 「山登くん!」  自分で名乗る前に言い当てられて驚きが顔に出たんだろう、教授が種明かしとばかりにイタズラっぽい笑みを浮かべた。 「アルバムにね。たくさん君が居た」  誰の、と聞くのは野暮ってもんだろう。 「ああ、コーヒー飲むかい?」  まるで俺が現れることを想定してたような対応。 「いえ。結構です」  机の上で組まれた指に光る銀の輝きに胸痛めるのはご愛嬌。 デフォルトってことで。 「ただ、お願いに来ただけなんで」 「お願い?」 「あいつ、凄い寂しがりなんで。放置しとくとロクなことしないから、ちゃんと、そばに居て見ててやってくださいって、お願いです」  教授は優しい下がり気味の眉を少し上げてから、目を細めて小さく笑った。 「君はすっかり保護者だね」 「まあ。長い付き合いなんで」 「そのようだね」  俺をじっと見つめる目。  何もかも見透かされそうで、慌てて専門書の並ぶ書架へ視線を泳がせた。 「君のことは下手したら君より知ってるくらい聞かされたよ」  ふふ、と笑う教授。  俺の知らない俺。  なら、あいつに惚れてた俺の話じゃなさそうだ。 「じゃあ悪口か、悪口スレスレの話しだな」 「僕が年甲斐もなくヤキモチ妬きたくなるくらいの話だよ。まあでも、お陰で指輪をつけてもらえたから」  まったくヤキモチの片鱗もみせない口調じゃあるけど。  なんだ?  俺の存在が二人を盛り上げたってか?  まさか自分で首を締たとはな。  今更だけど。  いや。  どうせ元々、俺にはない目、だろ?  どの道、過去、だ。 「俺ら冬休みだけど、クリスマスも仕事なんて、大変すよね。昨日、遅かったでしょ」 「ああ。まったくね。何を思ってイブに学術パーティーなんだか」 「……え?」  意表をつく言葉に、思わず書架から視線を戻してしまった。すると、教授の問う様な目と遭遇する。 「ん?」 「あ、いや、二人で、会ってたのかと、思って」  誰と誰が、なんて。これも今更口の端にのせる必要もない。  俺と教授をつなぐのなんて、そこだけなんだから。 「ああ。ディナーを張り込むつもりだったんだけど、彼が風邪をこじらせてたからね。キャンセルしたんだ。それでね、元々の予定だったチャリティーの方に出たんだよ」  咳をしてた姿が蘇る。 「じゃあ、あいつ、一人……で…」  なのに。  俺に連絡一つ寄越さなかったんだな。  今まで。  一人ぼっちを嫌うあいつは、病気になろうもんなら人一倍甘えた奴になって。  うっとうしいくらい。連絡を寄こしてきてたのに。  教授への、誠意の証か?  お前にとって俺は、友達なのに?  そりゃ……呼ばれても…行かなかったけど…さ。  でも。   そう言うときに声かけるのが、友達じゃない、のか?  は。  友達ってのの距離感わかってないの、そっちじゃないか。  俺は、邪魔、かよ。 「じゃあ、言いたかったのそれだけだから、俺、行きます」 「ああ。いい冬休みをね」   落ち着いた、大人の男。  そして。  イロイロ迷子の俺は、どうかしてるガキだから。 「あ、もひとつあった」 「なんだい」 「あいつ、ヤってる最中、キスすんの、嫌がるらしいっすよ」  忘れもしない4人目から贈られた苛立ちを、イタチの最期っ屁とばかりに放りだしたら。 「ああ。けど、それが可愛いんだ」  なんとまあ華麗な返り討ち。  屁を被ったのは、俺だった。 「じゃ、失礼します」  頭下げて部屋を出て、ドアを背に、深く息をつく。  これで、完了。  俺は、俺の道を探す  新しい道。  あいつの為じゃなく。  俺の為に、生きる道───。 「あら、こんちには」  声をかけられて目を向ければ、理学部のおっぱい教授だ。 「山科先生の部屋にこれ届けたいんだけど、入ってもいい?」  たわわな胸を押さえる書類の束を少しあげると、引っ張られるように胸も形を変えた。 「あ、すみません」  通行の妨げになってる俺に大人の魅力たっぷりの笑みを残して部屋の中に消える教授。  ……ヤバい。  何がヤバいって。  俺、今、あの胸見て何も思わんかった。  レナの誘いも、そう。  おいおい。  まさかEDなんてことは……。  慌ててトイレに飛び込んで、適当な動画をいくつか再生したところ、まあ、なんとかかんとか。  問題は。  あいつの影を被せてしまったってこと。  昨日までの俺は、捨てた筈なのに。  まったくもって嘆かわしい。  新年にはどうにかしろよ、ほんと。 「おしっ」  俺はトイレの鏡に映る自分を睨みつけると、気合いを入れる為に、綺麗に洗浄した手で両の頬を叩いた。 「よし」  もう一度。決意を声にする。  そしてトイレから出ながら、ポケットのスマホを取り出した。 「もしもし?そう。あのさ、先輩の連絡先、教えて欲しいんだけど。そうそう」  いつまでも迷子じゃいられないから。  少しずつでも、道を探す。  俺の人生。  あいつの欠けた人生。  いつか誰かと。  歩むための、人生。       「もしもしミチヤ? 今からちょっと、時間とれる?」  俺は、足を、踏み出すんだ。
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