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忘れられたDVD
「あけおめっす」
『元気だったかよ。一年ぶりだな』
「いやいや」
『なんでよ。お前と最後に会ったの去年だろ?』
「1ヶ月も経ってないし」
それは、あまりに進まない履歴書とエントリーシート書という作業に、星一徹スタイルで机の上を騒然とさせてやろうかという危険思想が頭をよぎったときだった。
店長からの1本の電話。
結局バイトのヘルプに呼ばれることはなく、別れの日から初めての会話となる。
『いやさぁ、年末の掃除をな、今してんだけど』
「年末と申しますが、まだ新年4日目で、それは少々気が早くないですか」
『はっ。年末に呑気に掃除なんてしてられっかよ。いや、それでな。おまえ、なんかのライブのDVD置いて帰ってることない?』
「…あ…」
すっかり忘れてたそれは、カズからの預かりもののDVDのことだろう。
「それ、あい……絆のやつなんすよ。俺が辞めるときまでに食いにくるって言ってたから来たとき渡そうと思ったけど、来なかったから」
名前を口にするだけで、魚の小骨がひっかるみたいな感覚。
……友達って、こんな感じのもんだっけ?
『ええ? 来てたぞ』
バカな自分に嘆息してた俺は、あんまりにもあっさりとした店長の言葉を、うっかり聞き逃すとこだった。
「はい?」
『なんも食ってはないけど、ゴミ捨てに出たら色白美人が暗がりに立っててさ。光の反射で目が赤く見えて幽霊かと思ったけど、良く見りゃ絆だったんだよ。あれ、これ取りに来てたのか。山登ならもう帰ったぞって言ったら、そうみたいすね、とか言って帰ってったからさ』
何かの片手間に紡がれる言葉に、上がる心拍数。
「え、いつ?」
『辞めた日。15』
「…うそ…」
『はい嘘です……とか言うと思うか? 俺になーんもな、なーんもメリットねえだろ』
「ああ、いや。それは…うん」
モヤモヤした、気持ちの悪さが胸だけでおさまらず、五臓六腑を駆け巡る。
え?
なんだ、これ。
情報の断片みたいのが、 頭ん中でシャッフルされる。
寒い夜。
15日。
風邪。
DVD。
……ミチヤ。
「ちょ、DVDはまた取りに行く! 俺、急ぐから切るわ! じゃあまた送別会で!」
俺は、俺の道を振り返ってる訳じゃない。
ただ。
パズルを、埋めたいだけだっ!
電話をかけてもマンションに行っても、絆を捕まえることは出来なかった。
こうなったら、と、出向くのは薬学部のキャンパス。
冬休みだけど、ひょっとしたら来てるかもしれないし、4日なら最悪教授がいるだろうから、居場所を知ってるかもしれない。
目立つ絆のことだから、声をかけた相手みんな絆を知ってたけど、誰も絆を見た者は居なかった。
そして最後の手段とばかりに息を切らして山科教授の部屋の前に立ったときだった。
「あ、山登くん」
創薬科の顔見知りの女の子に声をかけられた。
「山科教授なら有給とって婚前旅行よ」
連絡のとれない絆。
バクついた心臓。
婚前て……。
「ね。そっちの教授で有給とってる人、いるでしょ?」
俺の心とは正反対の、楽しそうなヒソヒソ声。
「…え…ゆう…」
浮かぶのは。
綺麗なコケシみたいな筬川の吐き出すタバコの煙と、研究室の教授が5日までヨーロッパ行っていないから、冬休みに学校行けないってセリフ。
「スペインとイタリアだって。羨ましい。結婚式は春休みらしいよ」
クリスマスの日。
このドアの前で行き合ったのは……。
血管が、どうにかなってるじゃないかってくらい、激しい血流を感じる。
「だ、れと、だれ、が」
答えは、一つ。
でも、そしたら、あいつは?
あいつは、どうなる……?
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