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淡い希望
創薬の女子が知ってるような情報を、あいつが知らないわけがない。
なら今あいつは、どうしてるんだ!?
「くそっ! なんなんだよっ、クソ野郎っ」
何度めかの悪態が再び口をつき、通りすがりのおばさんにチラとこちらに視線を送られたけど、んなもん、しょうがないだろう!?
だって俺、頼みにいったんだぞ!?
そんで俺は花嫁の父よろしく、達成感で喪失感をごまかしたんだぞ!?
なのになんだよっ。
もうあの時はすでに婚前旅行決まってたんじゃないかっ!!
「くそっ、くそっ、くそっ!」
何度悪態をついても、何度暴言を吐いても、心臓が膨張してるみたいに息苦しい。
「もしもし!? 絆から連絡なかった?」
思い当る番号にしらみつぶしにかけ、思い当る場所を探してみたけどあいつの姿はなく、逆に「山登が知らなきゃ俺が知ってるわけない」なんて応えを寄こされるのに、ただただ歯がゆい。
おまえにとって友達ってなんなんだ!?
凹んでるとき、そばにいてもやれないなんて。
あああああっ、もうっ! どこに居るんだ、くそっ!
意固地になってないで、心の折り合いがどうのなんていってないで、こまめに連絡とってればよかった───なんて思考は、ああ、そうだよ。尻すぼみの結果論だよ。
だって俺だって傷心だったんだから。
本気で惚れてた相手の指に光るものを見たんだからさ。
けど、あああああ、もうっ!
どこにいるんだっ! バカっ!! 心臓が裂けそうだっ!
「もしもし? 山登ですけど。久しぶりですっ。あの、絆、そっちに帰ってないですか?」
なさそうな目ではあったけど、正月休みのはずの絆の父に連絡をとってみた。
『年末に車検出しによってきりだな。こっちに車置いてるままなんだけど。どうかした?』
「車、そっちにあるんすか?」
駐車場にあいつの車がなかったから、てっきり出てるんだと思ったんだ。車があっても家にいないことはあっても、その逆はなかったから。
「山登?」
「ああ、いや、じゃあ、家にいるのかも。ちょっと、行ってみます」
再び絆の部屋に向かいながら、頭の中で放り出しっぱなしだった思考のパズルを埋めていく。
15日。
あいつはバイト先に来てたんだ。
ひょっとしたらその時、教授の結婚の話をしたかったのかもしれない。
ヒカリノカゲンデメガアカカッタ。
店長はそう言ったけど、それは光の加減じゃなくて教授のせいだったんじゃないか?
だから、そんな泣いたような目をしてたから、店に入れなくて俺を待ってた!?
我儘なお姫様みたいな奴だけど時間にはきっちりしてるあいつだから、俺のバイトの終了時刻は知っててそんな遅くに来るわけはないんだ。
なら。
きっと、あの、三文芝居も見てたはずだ。
迪也が俺にキスをした、あのシーンを。
思考が、迷子になる。
あまったピースが俺に何かを問いかける。
自分の恋人が他のオンナと結婚するって時に、俺がオトコの恋人を作って幸せの最中だと、そう思ったのだとしたら。
そんな奴に不幸の相談事なんて、できないと思ったのかもしれない。
浮かぶのは駅に向かう階段の上で体を抱き締める絆の、後姿と───。
ただただ。
教授の不実を知るその前まで俺の心を占めてた、違うパズルのものだと思いこむことにしたピース。
雪の下でひっそり芽吹いた春の歓びみたいな感情。
教授によってしっかり踏み固められてしまった淡い希望に、奥歯をかみしめた。
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