春は来ない

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春は来ない

 可愛い絆。  大好きな絆。  ああ。やっぱ、イジメらんないわ。 「ごめんな。風邪っぴきのとき傍に居てやらなくて」   そっと頬に手を伸ばし、頬を濡らす涙をぬぐったとたん。 「うううううーーー」  また新しい涙が流れて、俺の指を湿らせた。 「花火………一人で……見た。ケーキ、だっ、て…ひと…ひとりで、食べたっ! 新年もっ…ひとり、でっっ」  俺が抱きよせたのと、絆が縋りついてきたのとどっちが早かったかなんて。  そりゃ俺に決まってるっていいたいとこだけど。  さすがに今回は、カメラ判定が必要だったと思う。 「やま、とは……あの子と、一緒にッ…って俺………お、れ……」 「はは。奇遇だな。俺もだし」 「アイスも……ぜんぜん……おいしく…な、くて……」 「そりゃ一大事だな」 「ほら」  急に、嗚咽交じりに責めるような口調で俺を見る絆。 「ん?」 「山登はいつもそんなんだ」 「は?」 「俺が誰と居ても、何しても。指輪してたって、全然、平気だった。今みたいに、なんでもサラっと流すし」  確かに敢えてそう見えるように振る舞ってはいたけど、口に出して、しかも絆本人から言われると、かなり腑に落ちない気持ちになる。 「絆のせいだろう?おまえが、俺をそうさせたんだよっ! 変な呪いかけてっ!!」 「呪いってなんだよっ!!」 「それはそれは恐ろしい呪いだよ。俺がどんだけ苦しめられたか。つか、何? じゃあ俺に、腹たったまま、思いのままに嫉妬してほしかったこと?」 「……そっ……んなんじゃ……」  確信を突かれたとばかりに、いきなり削がれた勢いに、たまらなく暖かい気持ちが、溢れてくる。  「花火、今年も昨々年と同じか、今年のクリスマスは一緒に、確かめよう?」 「ん」  バカみたいに。  お互いがお互いを想って、一人で空を見上げて立ってたってことが、覗き合った瞳で分かり合えた。 「好きだよ。絆。何回でも言うって言ったけど、何回言えば応えてくれるか、ヒント、くんない?」  向ける俺の笑顔とは裏腹に、すっと曇る絆の表情。  なんとまあ手ごわいこと。 「……恋や愛の後に残るのは、塵芥だけだ」  それでも、その声と瞳の色は随分柔らかくて、絆の心が溶けかけてるのを感じられるもので。  「俺の両親は未だに手、繋ぐぞ?」  あと一押しとばかりに口にした俺に、腕の中の絆がクシャンと顔を顰めた。 「それは、お前の両親だから。俺は、あの両親の子供なんだよ。あんな風に……自分の想いを風化させるなんて、嫌だ。山登のこと、そんな風になくすのは、嫌だ」  恨むぞ、おじさん、おばさん。  俺にかけられる呪いの言葉。  でも、それを解くのは、俺自身だ。 「そんときお前はもう気持ちを失くしてんだから、俺がボロキレみたいになっても、俺のことなんか気にすんな」  これまでボロキレみたいだった俺の気持ちを錦に変えられるこのチャンス。  絶対に逃がすまいと絆の両頬に手を添えて心の丈を、訴える。 「なあ、もう、いいだろ? もう、あんな歪なのは、お互い限界だったんだって。好きだ。絆。俺のもんになれ。俺も、一生、お前のもんになるから」  再び忙しくも揺れて、潤み始める瞳。 「……そんなこと言って……そんなこといっといて…俺を捨てたら、俺…お前を殺す、かも…よ? 俺のじゃないと思ってたら…我慢できても、俺のなんなら…もう…誰にも…渡さない…」  とんでもない絆の告白。  まさかの、それこそ期待以上の言葉に、心臓が激しく飛び上がった。 「いいよ。お前を捨てるような俺は、死んでいい。つか、熱烈過ぎて、今、死にそうになったんだけど」 「……何だ…それ」   照れたように視線を落とす絆の睫毛に、そっとキスを落とす。  毛細管現象の要領で唇を伝わってきた涙は、やっぱりほんの少し、しょっぱかった。 「絆こそ。よそ見すんなよ? 多分俺、お前のことは……殺せない。けど、世を儚んで、自殺するから」  クスリと、腕の中の絆の体が揺れる。 「どっちみち山登が死ぬわけ?」 「ん」 「はあ?……ないし。絶対ないし」 「何でよ」 「だって俺が先に死ぬんだ。一人は……嫌だ」 「じゃあ、死んだら、幽霊になって、絆のそばにいるよ。死んでも離れない」  口に出したらやたらクサいセリフ。  他人が言ってたら多分、いや、絶対、笑う。  けど、思ったことを言葉にしたらこうなるんだからしょうがないんだよ。 「絆……好きだよ」  涙を追いかけるように、濡れた頬にキスをする。 「飽きられないように努力する。記念日には、花を贈って、ケーキを買って……」  俺の言葉を遮るように、絆の唇が、俺の唇に触れて、離れる。  「いらない。そのかわり、そばに居て。一生、俺から離れないで。俺を、離さない……で」 「離せるかよ」  本当にいいのかと。  消えてしまうんじゃないかと。  探るように。  お互い確かめるように、触れ合わせる唇。   そっとつけては離し、離れては追いかけて。  「記念日に、ケーキより甘い言葉とキスは?」 「それは……いる」  可愛い寂しがりは、そう言うと、花が綻ぶように、はにかんだ。 「山登、大好き」  ああ。  春は来ないはずだ。  だってずっと。  そこに、あったんだから。
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