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帰ってきた?
「ちょ、待て絆っ」
イベントの打ち上げに誘われて向かったラーメン屋。
社長の経営する持ち店らしくて、今日は貸切でピザとかパスタとかポテトとか、ラーメン屋にあるまじき食べ物が並べられていた。
流石に酒は飲めないからその分たらふく食って、そのうち腹を抱えた絆が「便所」と言って立ち上がる。
「アイス食い過ぎだろ」
その店はトイレが外になってるけど、絆の体はそっちに向いてなくて、スタッフルームのドアをとトイレと間違えてるんだろうって気づいたから、その肩を掴んだ。
そのとたん。
「痛っ…!!」
俺の手が乗った肩を引き、グッと顔をしかめて自分の腕を守るように手を回した絆の姿に、俺、いつの間にゴリマッチョになったのかと、思わず自分の手を見てしまった。
「悪い」
反射で謝罪の言葉を口にしたものの、どう考えても俺の手がゴリラになったわけじゃない。
「肩、怪我してんの?」
「あー。四十肩?もう投げられねえわ。マウンド降りなきゃー。はは」
「便所。外。俺も行くから、一緒に行こう」
白々しいことをいう絆の肩に触れないよう、そっと外に促して、そして、ここに来てからずっと不思議に思ってたことを、口にした。
「なあ。なんで、ストールまいたまま?」
黒とグレーのブチというか、ヒョウというか、柄物の薄手のストールは暖かい──いや、もういっそ暑い店内でもはずされることはなかった。
絆の茶髪には似合ってるけど……。
「は? いいだろ、別に」
「暑くない?」
「別に」
なんとなく、濁る空気。
せっかく前と同じ雰囲気に戻れたってのに、またギスギスだ。
そのとき、仏頂面の絆の体がびくんと跳ね、慌ててポケットに突っ込んだスマホを取り出した。
ああ。
ぐりりって、心臓が、変な形になった気がする。
だって、着信を目にした瞬間、花が、開いたんだ。
好きなものを食べたときとは違う。
俺に見せてたしかめっ面からは想像もできないような、俺には絶対見せないような、艶やかな、微笑みに。
俺は──。
「あ、山登。さき、店、帰ってて。俺、ちょっと、電話っ」
取り残される。
そして、なんでか確信した。
先輩からの、電話だって。
ただ一途な絆の表情が。
そうだと、雄弁に語っていた。
特別な、相手なんだって。
もう、取り込まれてるんだって。
すべてが俺に、告げていた。
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