妬けに自棄

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妬けに自棄

「おかわりっ」  空になったグラスをカウンターに置けば、向こうに立つアンリママが深々とため息をついた。 「飲みすぎぃ、山登ちゃん。体に毒よ」 「ほっといてくれよ、傷心なの、俺は」 「もう」  新たにグラスに注がれた苦い液体。  けど今度は白い液体が継ぎ足され、ママを見上げたら苦笑しながら肩をすくめた。 「せっかくの私のコーヒー、そんな顔で飲まれるの、嫌だわ。それと、次おかわりするなら、ホットラテね」  おとーとく…ジンナ君は、よくもまあこんな苦い罰ゲームみたいなもんに好んで手ぇ出すな。  自棄酒ならぬ自棄コーヒー。  このカフェ兼バーのママであるアンリさんは親父の後輩にあたる人で、どうせ友達とスタバとか行くならアンリの売上に貢献してやれって言われてるから、俺もよく通ってる。  ママは美人で聞き上手で、いつも絶対誰かが占領しようと目論んでるカウンターだけど、日曜の今日はバーを開けないから、閉店前の今の時間、カウンターは俺だけだ。 「男が男好きになるのって、どんな感じ?」  カウンターに頭を乗っけて見上げた俺に、アンリママは綺麗なベージュピンクの唇の両端を釣り上げて笑った。口だけで。器用だな。 「あら。女の私にそんなこと聞かれても、男心なんてわかんないわ」  ことさら”女”の部分を強調するママに、俺は視線をママの後ろの酒の瓶に移動させて適当に頷いた。 「ああ、そっすね。……チッ。面倒くせーな」 「はい?」 「いや、今日もママは綺麗だな、と」  俺は知っている。  目の前にあるアンリママの美乳は詰め物で、実は元男だということを。 「ありがと。山登ちゃんも益々カッコ良くなるわね。この頃お父さんの若い頃にソックリ」 「そりゃどうも」  俺は疑っている。  うちの親父と、なんかイロ系であったんじゃねえの、と。  それは嫌だと思う反面、そうなら俺の絆への気持ちも、遺伝的なもんなんだって、理解して、整理する。  だって、ないよな。  男に失恋して、自棄コーヒーとか、さ。 「男心はわかんないけど、ただ、人を好きになる気持ちに差はないんじゃないかしら?」 「………本気っぽいとか、意味が分かんねーし」  誰のこと?  俺?  絆?  両方……か。 「あいつ…恋愛なんて、クソだって言ってたくせに」  俺も言ってたさ。言ってたよ。  でも、童貞きったばっかの俺がジンナ君にエラそうに「一人の女の子に本気になるなんてのはロッカーじゃねえ。短い10代、色んな女の子と遊ばなきゃ」みたいな講釈を垂れたのは、半分本気で、半分は絆へのご追従。  本気の部分だって結局は、俺はどんなにあがいても、きっと絆以上の女の子なんて見つけられないって思ってるからだ。  絆をオカズにしてるのは、タイプど真ん中の容姿なんだからそれはしょうがないわけで、これは、いわゆる本気の恋とか、そんなんじゃない。そのはずだった。  だって、絆は男で。  俺も、男だから──。  絆はバカみたいに女の子と遊んで、色んな女の子が大好き! なんて公言してたし、常識的に考えたって、まっとうじゃない俺の感情なんて直視するべきもんじゃないって、そう思ってた。  先輩……男だし。  ”会いたい”  心の中身をすべて体現してるみたいな絆の、甘くて、切ない声が、度々浮かんで俺の胸を焦がす。
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