変えない日常

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変えない日常

 しばらく帰って来なかった絆は俯き加減で席につくと、無言で手を合わせて、おもむろに延び気味の赤いウドンを食べ始めた。  ズルズル麺をすする音。けど、その音はすぐに鼻をすする音に変わる。 「辛い……口内炎にシミる。痛てぇ。」 「………」  声が震えてる。  そんな指摘をしてやるのは違う気がして、減ってもないコップに、氷入りのピッチャーから水を注いだ。  何を見たか。  何で食う前から目が赤かったのか、なんて、聞いてもどうせ答えないだろ?  自分の無力さとか外野感に、思わず漏れそうになったため息をなんとか飲み込んだ。 「目、こすんなよ。タレが指ついてたら、涙止まらなくなるぞ」 「……も、遅い。うー……痛てぇ」  言い訳を得た涙はホロホロとその頬を転がり落ちて、俺の心に染みていく。 「痛てぇ。辛い。シみる」  呻きながら文句を言って泣いてる絆は妙に小さくて、ただ愛しいと、そう思う。  その肩を抱いて、涙に口づけて、癒やしてやりたいと、そう思う。  でも俺にはそんな出番はないから、だから俺は、変わらない日常を贈るんだ。 「なあ、この週末、川口君をオトコにしてやろうと合コン企画してんだけどさ、来る?」  お粗末な日常。  それでも、そういうのも、必要だ。 「……ぐす……可愛い子、くる?」 「んー。価値観?」 「なに、ズルッ……それ」  お前より可愛い女なんていねぇもん。 「とりまスカート短い」 「いい……ねぇ」 「あと、盛りがヤバい」 「グズ……それはどーよ」 「何よりビッチ」 「なるほど。スンッ……重要だな」 「だろ?」 「ん。必須要項」 「あ、川口君の社交界デビューであることは先方にお伝えしてありますんでぇ」 「……同室いっとく?」 「止めたげて。ああ、そういやこないださあ、高橋が……」  心は封印。  絆が居ることが非日常にならないように。 「マジで? あはは。バカだ。バカ」 「本人の前で笑うなよ。鉄板ネタだから。で? って素で返してやって」 「あはは、山登、極悪。ひー、腹いて」  涙は拭ってやれなくても。  せめて少し、吹き飛ばしてやれればと、そう思う。
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