213人が本棚に入れています
本棚に追加
変えない日常
しばらく帰って来なかった絆は俯き加減で席につくと、無言で手を合わせて、おもむろに延び気味の赤いウドンを食べ始めた。
ズルズル麺をすする音。けど、その音はすぐに鼻をすする音に変わる。
「辛い……口内炎にシミる。痛てぇ。」
「………」
声が震えてる。
そんな指摘をしてやるのは違う気がして、減ってもないコップに、氷入りのピッチャーから水を注いだ。
何を見たか。
何で食う前から目が赤かったのか、なんて、聞いてもどうせ答えないだろ?
自分の無力さとか外野感に、思わず漏れそうになったため息をなんとか飲み込んだ。
「目、こすんなよ。タレが指ついてたら、涙止まらなくなるぞ」
「……も、遅い。うー……痛てぇ」
言い訳を得た涙はホロホロとその頬を転がり落ちて、俺の心に染みていく。
「痛てぇ。辛い。シみる」
呻きながら文句を言って泣いてる絆は妙に小さくて、ただ愛しいと、そう思う。
その肩を抱いて、涙に口づけて、癒やしてやりたいと、そう思う。
でも俺にはそんな出番はないから、だから俺は、変わらない日常を贈るんだ。
「なあ、この週末、川口君をオトコにしてやろうと合コン企画してんだけどさ、来る?」
お粗末な日常。
それでも、そういうのも、必要だ。
「……ぐす……可愛い子、くる?」
「んー。価値観?」
「なに、ズルッ……それ」
お前より可愛い女なんていねぇもん。
「とりまスカート短い」
「いい……ねぇ」
「あと、盛りがヤバい」
「グズ……それはどーよ」
「何よりビッチ」
「なるほど。スンッ……重要だな」
「だろ?」
「ん。必須要項」
「あ、川口君の社交界デビューであることは先方にお伝えしてありますんでぇ」
「……同室いっとく?」
「止めたげて。ああ、そういやこないださあ、高橋が……」
心は封印。
絆が居ることが非日常にならないように。
「マジで? あはは。バカだ。バカ」
「本人の前で笑うなよ。鉄板ネタだから。で? って素で返してやって」
「あはは、山登、極悪。ひー、腹いて」
涙は拭ってやれなくても。
せめて少し、吹き飛ばしてやれればと、そう思う。
最初のコメントを投稿しよう!