心の蓋

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心の蓋

「ねー、きーくん、なんで彼女つくんないのぉ?」  舌っ足らずな声で絆の首に腕を回す女の子。  絆はその腰を抱くと、唇が女の子の耳に触れるかどうかギリギリの距離で言葉を紡ぎ出した。 「作んないよ。意味ない。恋人なんてそんな曖昧な関係に縛られるなんて、馬鹿げてる。そもそも俺が彼女作ったら、君とこんなふうに抱き合えもしない。でしょ?」 「あ、ひどーい。私は、彼女にしてくれないポジなんだっ」  言葉とは反して、女の子はただくすぐったそうに笑っている。 「気に入った子ほど、彼女にはしたくないの。グズグズになって、嫌いになるのも、なられるのも嫌だから。うちの親なんて最低な別れ方したからね。あ、ほら、始まった。拍手拍手」  ステージだけに照明があてられ、そこには5人組のバンド。  女の子の片手と自分の片手を合わせて、共同作業の拍手をしている絆の目には、何の表情も浮かんでなかったけど、女の子に向けた言葉は、絆の傷なんだと理解する。  仲の良かった親の離婚。  そこへきて、先輩とのこと。  うどんを食べながら泣いていたあの日からしばらく元気はなかったけど、それでも思ったよりは淡々と過ごしていたように見えた。  ひょっとしたらあの日、先輩と女とのデートらしきものを目撃するまでに粗方別れの予兆みたいなものを感じていたのかもしれないし、そもそももう、別れてたのかもしれない。  特に荒れた生活をするわけでもなく……いや、どっちかっていうと俺が弱り目に漬け込むスキすら与えてくれないくらい真っ当に、日々を送ってたんだ。それが……。  絆への感情を悶々抱いたままの俺を尻目に、春休みを前にして絆の様子はおかしくなった。  自堕落。  まさに、そんな感じ。  でも情けないことに、それは俺が気づいたんじゃなくて共通の知り合いからもたらされた情報だった。  どんなに俺の心が絆に支配されてたとしても、俺と絆は学校が違うし家も遠いから、ちゃんと時間決めて待ち合わせてって手順を踏まないと会えないし、ベッタリ連絡しあってるわけじゃないから絆が毎日何をしてるかはわからない。  なにより俺の前じゃ、そんな気配を見せなかったから。  でも聞かされたのは、酒が飲めるなら飲むし、セックスできるならする、みたいな、自制心も糞もない、流されるみたいな絆の、今の生活。  やっぱり一回、ちゃんと話をする必要がある。  そう思って連絡をとったら、平日だってのにライブハウスに居るんだと言われ、慌てて駆けつけてみれば女の子とイチャつく、件の絆の姿があったわけだ。  目が、終わってた。  キラキラした、楽しいことを探すようなあの目はもう何も探していなくて、それはまるでただそこにハマってるだけのガラス玉だ。  でも、それが俺に向けられた一瞬。  命を宿した。  それは決して喜びじゃない。悲しみの、色。  次の瞬間には、失われたけど。  絆はいつも、本心に蓋をする。  けど、蓋をする前の一瞬に、すべてをさらけ出してるんだってこと、俺が気づかないとか、思ってる?  
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