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酔っ払い
「んじゃっ!俺っ!えっちしに行ってくるわっ!……あれ?」
「はあ……あの子ならもう帰ったから。お前も帰るんだよ」
流石に店に迷惑だろってくらい酔った絆の体を支えて、親切にも自分も帰るから送ってくれるって顔見知りの常連・高階さんの車に乗り込んだ。
絆の家は喧騒とは遠い高台の住宅街にあって、帰るついで、なんていう場所にあるわけじゃない。
送り狼の一種じゃないかって思ったけど絆の家までのタクシー代持ってなかったし、要は俺が離れなきゃいいんだと、とりあえずお言葉に甘えてみた。
「高階さんスキー!! ちゅーするー!」
酔もマックスなんだろう。100年の恋も迷子になるようなバカみたいな真っ赤な顔した絆が、それでも聞き捨てならない言葉を発して、後部座席から運転席の高階さんの首に、ヘッドレストごと腕を巻きつけた。
「気持ちだけでいいよ」
絆のオデコを押しのける高階さんの苦笑いには、どう探しても下心はなさそうで、となると、ただただ親切な人ってことだ。
それはそれで、シラフの俺としては、ただひたすら申し訳ない気分になるしかない。
「こら、絆っ」
「んーっ! やだー!」
嫌がる絆を前列のシートから引き剥がし、後部座席のシートに沈めると、なんとも恨みがましい目を俺に向けてきた。
「じゃあ、山登とするぅー」
「はぃ?」
何を、すか?
体をシートにもたせかけたまま、腕だけを俺にむけて伸ばす絆。
は?
つか、は?
クラっとしないわけないだろ、バカ。
どんなにタコ入道みたいな、色気もくそもない酔っ払いの戯言だとしても、だ。
好きな相手から、んなこと言われたら、ちゅーってどのレベルっすか? ってカンジにもなるだろ、バカ。
けど俺はシラフ。
そして前の座席には高階さん。
はああ。
「んなアホなことするか。バカ」
未練たっぷりで伸ばされた腕を押しのけると、絆は一層痩せた頬をぷう、とふくらませた。
その顔がまだ幼かった頃の、丸い顔を思い出させて、なんとなく胸苦しい気持ちになる。
「はあ? アホとかバカとか酷くね? ……ひぽ…あほほたます……ぷっ」
「そのネタまだ引っ張んの?」
「だって、おま…ふふっ…」
キス魔から笑い上戸にシフトした絆だったけど、車が走り込んで、しばらくしないうちに眠ってしまった。
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