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キスの名残り
「な……」
周囲を見回した後、重なった体に再び視線をおろしたその目は。
驚愕に、見開かれていた。
次の瞬間には、跳ねるように起き上がった絆。
当然上にいた俺は反動でソファーから追い落とされる。
「……っつ…」
頭が痛んだらしく、小さくうめいてこめかみに手を当て、それでもそれどころじゃないとばかりに立ち上がると、中腰になってた俺の体をひきあげ、一緒につかみあげた床に置いてあった俺のバッグを俺にグイと押し付けた。
「……なんで…なん、で…」
パニックに陥ってる絆の見開かれたままの目は、一度俺を捉えたあと、二度と合わされることはなく、伏せられたまま。
「帰って。頼むから。早く、帰ってくれ」
俺の体を反転させ、リビングから追い出そうとやっきになる絆を振り返り、心に溜まってた想いを吐き出そうと口を開いた。
「絆、俺はっ……」
「言うなっ!! それ以上何も言うなっ!! 聞きたくない。何も、聞きたくないっ!!!!」
俺の体を何度も突き飛ばすようにして、その都度、俺の心を拒否する声を上げる。
「昨夜のことは、忘れろっ。何もなかった。何もなかったっ!!!」
髪を振り乱し、全身で、俺を、否定する。
「頼むから、帰ってっ!!!!!」
ほとんど泣きそうな、悲鳴のような声を上げられて、俺はただ木偶人形みたいに立って、後ろで閉まるリビングのドアの音を耳にする。
まるでそれは、絆の心。
直後聞こえた施錠の音が、絆の、俺への、気持ち。
俺にとっては本気のキスも。
絆にとっては酔った勢い。
絆のことを、愛しくてたまらないと向けた視線は。
絆にとっては、粘着質で重い──
はは。
マジか。
まさに天国から、地獄だ。
腕の中にはまだはっきりと、絆のぬくもりが残ってるのに。
擦れた唇は、確かに深いキスを交わした名残の熱を残してるのに。
俺が待った目覚めの瞳は、真逆。
脳が現実を理解した瞬間、傷ついたような目をした。
完全な後悔。
それを、物語ってた。
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