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忘れようがない記憶に
「なあ、絆、また連絡とれねんだけど、今週どうする?」
「あー、今週は……」
「ふーん。あいつこの頃ちゃんと来てたのにな。まあ、樋口とトマにも言っとくわ。……ああ、そいや、トマが同級の奴にバンド組もうって誘われてるの、知ってる?」
「うん。なんかチラッとは」
「俺らに気遣ってんのかしらん、なんも言わんけど、いいよな? 別に」
「うん」
「うん。ま、気遣うなって言っとく。……なあ山登」
「ああ?」
「絆……なんかあった?」
カズからそんなことを言われたのは、初めてだった。
「まあ、あいつが不安定なのは今に始まったことじゃねーけど、さ。言うて、ほれ、俺ら山登ほどあいつと仲良くないから、俺らには、なんも言わねえし」
だから、カズがそんなふうに思ってたのも、初めて知った。
「そんな、こと、ねえだろ……」
「あるだろ。壁。あいつのそっから向こう、俺知らねえもん。樋口が言ってたわ。絆はお前にしか懐かない猫だって。……ま、いっか。じゃ、またな」
そうだよ。
俺は、確かに、特別だった。
懐かれてた自負だって、ちゃんとあった。
好かれてたんだ。
ただ、あいつの好きと、俺の好きに、行き違いがあっただけ。
だから。
失くしてしまった。
特別を、手放してしまった。
けど、しょうがないだろ。
あの瞬間の俺には、今の俺がどんな俺になってるかなんて、予見できなかった。
目の前の甘美な誘惑に、よそ見なんてできなかった。
甘く甘く開かれた唇に先を請われて、俺に、止めることなんてできるはずなかった。
記憶を呼び起こす度に、胸元をかきむしりたくなるような、忘れようのない思い出。
絆のあのキスは、誰かと間違えてた?
違う。
吐息に紛れたその声は聞き取りづらかったけど、あの時確かに俺の名を、音にしたんだ。
だから俺は、一層傷ついてるんじゃないか。
どこにも行かないで、なんて。
一人にしないで、なんて。
そんなこと言われて、あんな風に名前を呼ばれたら、誰だって……勘違いする。
痛い間違い。
けど、この気持ちが勘違いじゃないのは、勘違いじゃない。
はは。そうならいいのにな。
絆への感情は、単なる気の迷いって。
そうなら、いい。
けどだいたいが、コトはいいようにはならなくて、当然気持ちがなかったことにもならなくて、胸を、かきむしるんだ。
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