アンリママという人

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アンリママという人

「あいつが朝迎えに来るから、あんな必死に俺のこと追い出したのかなぁ。……俺が間男に見えた?」 「睨まれたのならそうじゃないの?」  凝りもせず、あの日の記憶を反芻する俺に、アンリママはなんともアッサリした答をくれた。  オカマが情が深いってありゃ、嘘だな。人による。 「くそーっ! なんでだー。なんで俺が間男にならんといかんのだっ」 「なれてもないのに」  漫才師にも引けをとならい速度のツッコミ。  アンリママ前のカウンターに集う人々は癒されたくて座ってんのかと思ってたけど、どうも違ったらしい。  そしてここで愚痴を言う俺も、どうもそのお仲間だ。 「はうぅ! くそーっ」  俺の性癖……まあ、唯一絆のみにしか発動しないけど、それを知ってるのはアンリさんだけだから、ついつい絆の愚痴をこぼすのがここになってしまうんだ。  オカマは口が固いってありゃ、ほんとだな。  まあ、漏れるとなるとどうしても親父の方向になるから、さすがにキスのことも、相手が絆だってことも言ってはいないけど。 「で?き……たの? その子から一回でも、連絡」 「………」 「ん?」 「……電話も。メールも。LINEも。電報も。伝書鳩も。矢文も。なんも」 「あら、案外空見てたら狼煙あがってたかもしれないわよ?」 「……それは、さすがに、上がってても、俺宛じゃないと思う」 「じゃあ、こんなとこで自棄コーヒー飲んでないで、電話して聞いてみなさいよ。狼煙あげなかった? って。きず……くの遅かったから消えかけてたけどって」 「なんで狼煙……」 「そんなもん連絡するための理由付けでしかないんだから、なんでもいいのよ。電話、待ってるかもよ?」 「お楽しみ真っ最中だったら?」 「そんなもん、ヤってっ……コホッ……仲良くしてようがなかろうが、テレビ電話じゃあるまいし、わかんないでしょ」 「嫌だっ! ベッドの中で二人に、こいつアホだとか笑われたら俺生きていけないっ」 「ベッド上等じゃないの。邪魔してやればいいわ」 「嫌だー。考えたくないーーーー」 「そんなこと言ってもね、このままどうせ会わずにいるんなら同じでしょ? ずっと友達でいられる根性がないなら、いっそ告白してスッキリ玉砕したほうがいいのよ」  俺がこのカウンターでいるのは、そういうこと。  男が男を好きなったときの気持ち。  そういうのを、話せる相手だからだ。
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