突然の電話

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突然の電話

「玉砕したことある?」  カウンターに顎を載せて見上げると、アンリママは「黙秘権を行使します」と笑って俺の額を弾いた。  まあ、そんな感じで結局答えをくれないんだけど、要は誰にも話せないことを言えるってのがポイント。  口に出せば、なんとなく心を整理してる気分になれるから。 「玉砕したら……友達に戻れるかな?」 「自分は? 戻れそう?」 「……玉砕しないと、わかんねぇ」 「じゃ、してみれば?」 「簡単に言うよなぁ」 「ええ。人ごとだもの」 「……うわぁ……言い切ったよ」 「言われて気持ちいい言葉は、得てして為にならないものよぉ」 「得てして人は、きもちい言葉の方をありがたいと思うんだよ。でも、まあ、そういうアンリさん、俺、好きだよ」  カウンターに頭をのせたまま見上げる俺に、アンリママが目を丸くした。 「やだ、その顔でそういうセリフ、言わないでっ」  慌てて頬を押さえる姿。  半分ネタだと思うけど、半分本気なんじゃないかと、俺は思う。  だって──。 「あら、岳人さんっ。なんてタイミング」  親父からの電話に、表情が、なんというか……うん。  俺、見ちゃいけないもの見てる気がしてきた。 「ええ。もうお宅の愚息がいるだけだから。………そうね。そうなの? ……あら、やだ。え? 嘘っ。…ええ。…ええ。そうだけど。でも、それは違うんじゃないかしら。そんな……だめよ。わかるでしょ…?」  真面目な声。  俺の存在を意識して受話器を覆う手。  ひそめる声。  おいおい、親父。まさか。息子の目の前で誘ってんじゃないだろうな。  え?  それは、そんな、だめよ。  偏見はないけど、浮気はダメ、絶対っ! 「私じゃ、ダメよ。……山登くんだと、思うわよ?」  俺?  ああ、俺がいるんだから、目の前でそんな……。 「ええ。……そうみたい。わかってたでしょ? ……それは、わからないけど。……ええ。山登くん。お父さんが、代わってって」 「へ?」  え。カミングアウト的な?  アンリママとリアルガチ的な?  電話で?  そんな重大なことをですか、お父様?   けども僕はお母様の味方をせざる得ませんよ!?  アンリママが泣くのは見たくないけど、さすがにさすがに。くぅ……。 「なに?」  ちょっとした台風レベルの内心をオクビにも出さずに聞き返す俺に、親父が言い淀んでから口にしたその名は、俺の心を盛大にかき回した。 「おまえ、絆と最近会ったか?」  耳にした名前と、声を発した相手と、電話の持ち主との、なかなか突拍子もない組み合わせ。 「そこで居るんなら、時間あるだろ? おまえ、一回様子見てこい」 「は?」   親父にそんなことを言われてただ間抜けな声をあげる俺に、電話の向こうから深いため息が聞こえてきた。 「あいつな、新学期に入って、一回も学校行ってないらしい」  もう、3年生になって、2週間がたっていた。
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