自分の存在

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自分の存在

「部屋にこもって、出てこないらしい」 「……なんで?」 「弥彦な、再婚するんだと。それで、拗ねてあんなこと……あぁー」  言いかけた言葉を誤魔化すように声を上げる親父に感じるのは、通常じゃない空気。 「おまえ……もう、あれだ、とにかくちょっと行って、声かけてこい」 「や。けど……」  最後に見た絆の、悲しいくらいの拒絶の表情。  そして、新しい男の姿。  そうだよ。2年の終わりには、あいつが迎えに来てたじゃないか。それが今、学校に行ってないからって、俺に出る幕なんて……。  いやいや、あいつ、あの同高のあいつ、何やってんだ?  だって絆が今、親父の再婚のことで引きこもってんなら、尚のこと傍に居てやるべきだろっ!  だってあの家はあんなに冷たくて、広くて……寒い。  ”寒いの嫌”  ───小さな子供のような声は、酔ってたからだ。  ”どこにもいかないで”  ───追い出したのは、お前だろ。  ”ひとりにしないで”  ───だっておまえ、ひとりじゃ……ないだろ? 「山登くん!?ちょっと、それ私のスマホっ!!」  脳と体の不具合。  俺の体はグダグダ考える頭を置き去りに、とっととコーヒー代を置いて店から出ていこうとしてたらしい。 「ねえ」  スマートフォンを返す時間ですら惜しいと思う俺の腕を、アンリママが掴んだ。  「今の絆くんには、何を言っても届かないかもしれない。でも。どうかサインを見つけてあげて? あなたなら、きっと、できる」 「……できなかったら?」  そんな弱音チックな言葉を発してる自分と、できようができなかろうが、関係ねえわと思う自分。 「できなくても、するの」 「無茶いうよね」  そんな風に答えたけど、アンリママの笑顔に益々、ただ、「居るんだ」ってことを伝えたいと思った。 「ん。岳人さんは、してくれた。親子だもの。はいっ! いってらっしゃい!」  そう言って俺の背中を押すアンリママの手は、女の人にしてはやっぱり大きくて強くて。  根拠があるようなないような言葉も、俺に力をくれた。 
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