213人が本棚に入れています
本棚に追加
喪失感
精一杯の音をたてるようにしてドアの横に背をつけ、床に座り込んだ。
それは帰ってないからな、のアピールと同時に、長期戦の構えを知らしめるため。
「自棄コーヒー飲んできたとこだからなっ! コーヒーにはどんな作用があるか、調べてみたほうがいいぞ!」
ポケットに入れていたスマホから聞こえるメールの通知音。調べなくても作用を知ってたのかどうか、それは ”絆様” からのものだった。
流石に部屋の前にマーキングされるのは嫌だったらしい天照大神ならぬ、”絆様”。久しぶりに絆様が降臨したスマホに、胸がチリリとした。
絆が勝手に ”絆” から ”絆様” へ登録を変えたんだ。
そんなバカバカしいことも、今じゃなんだか遠い昔昔のこと。
そういや、ロングロングアゴーっつった絆に、カズが ”しゃくれがどうした” って聞き返してたっけなぁ。
『帰って』
液晶に浮かぶ文面に、 ”チリリ” が、 ”ズキッ” になっても、帰れ、じゃないことに少し救われる。
俺が絆の恋人なら。
帰るのはお前のとこだとか言ってみたいとこだけど。
違うから、言わんけど。
「せめて顔くらい見せろ。ちゃんとメシ食ってるのか? 冷蔵庫も相変わらずガラガラでさ。……親父さんの再婚のこと、聞いたよ。色々、そりゃ、腹も立つだろうけど、こんなことしてて……」
言葉は、メールで遮られる。
『どうでもいい』
『再婚のことは、俺には関係ない』
『扶養義務は果たしてもらうけど、それだけ』
小刻みに送られてくるメール。
ドアが邪魔をして、その内容が本心なのかどうかがわからない。
だから内容を鵜呑みにはできないまま言葉を継ぐ。
「ならなんで引きこもってんだ!? 学校、3年になってから行ってないってマジかよ? テストだからバンド練習こないとか言って、学校行かないってどういう了見だ、こら。つか……あいつ、あ…朝迎えに来てた同級生とか、心配してるだろうがよっ!」
『友達じゃない』
即座に帰ってきたメールに今度は心臓が”ギュ”だ。
恋人、ですか?
そんなんいちいち訂正せんでいいわ。
『俺には友達なんていない』
俺の返信も返答もまたず、即送られてきたメール。
思わず奥歯を噛み締めた。
お前は、そんな言葉が俺の心を抉るってことは、考えないのか?
俺はもう、お前の友達ですらないってことか?
ショックで……って、これショック、なんだよ、な?
それすらもわからない。
なんか、喪失感。
音のない空間に次に聞こえたのは、絆の、呻くような小さな声だった。
最初のコメントを投稿しよう!