覚悟と台風

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覚悟と台風

 カチャリと、施錠の解けた音がした。  切ない、音だ。  俺にとっては、心に鍵をかけた音。  これから開けることのない、あかずの、扉の。 「…れは……山登だけは…失くしたくなかった……。だから…おれぇ」  だってそんな風に、涙と鼻水でグシャグシャになった顔を見せられて。  なにより最強の、ある意味熱烈な告白をもらって。  俺に、何ができるよ。  抱きしめたくても。  キスしたくても。  俺にできることなんて。  その額を、デコピンで弾くことくらいだ。 「痛っ」 「俺をお前の学校のふにゃチン野郎達と同列にした罰だ」  同列どころか。会員番号ふられたら、俺幹部格だろう。下手したら会長だわ。なんたって年季が違う。  だから、バツが悪そうに額を押さえてうつむくその姿に、若干の後ろめたさは感じたけどさ。  まあ、それくらいは、勘弁しろよ。  俺も。覚悟決めるからさ。 「とりあえず、鼻かんで、メシ食え。おまえ、ガリガリじゃないか」  押し付けたビニール袋を受け取る絆の、すっかり細くなった手首に、やるせない気持ちになる。  ここまでにさせたのは、俺のキスのせいもあったのかって。  やっぱり俺はあのときキスじゃなくて、会話をするべきだったって。 「アイスも、冷凍庫に入れてあるから」 「ん。さんきゅ」  うつむいたまま部屋の中へ俺を促す後ろ姿は、やけにか細くて、どうしたって抱きしめたくなる。  開きそうになる心の鍵には、どうも封印が必要みたいだ。  俺は握った10指を何度か開け締めし、自分を戒める。  ただ──。  部屋に入った瞬間に、そんな思いはどっかに消えた。  なんじゃ、こりゃ。 「ひどいな、おい」  もともと絆は掃除が好きな方じゃない。  だから逆に大掃除が嫌って理由で、散らかさなかったし、シンクを使ってないのも、多分掃除が嫌って理由だろうと思う。  それが……。  「泥棒が入ったんだな」 「まあ……うん。なんも…盗られなかったけど」  絆っていう名の台風が猛威をふるったんだろう部屋の中は、ぐちゃぐちゃだった。
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