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60センチから30センチへ
「聖女って勉強大変じゃない?」
「毎週くらいの勢いで模試があるから、もう、疲れちゃって。そしたら坂下さんたちが、たまには息抜きもしたら? って。私、こういうの初めてだから、緊張しちゃって」
坂下さんは陣名兄弟を穴兄弟にした子だ。
美人だけど軽めの坂下さんを苗字で呼び、合コンを初めてというとこみても、「本来の私は彼女たちとは違う層にいる」ってアピール。
「わ。じゃあ、ラッキ。倉持さんと一緒にごはんとか。俺、運がいいや」
普段みたいに下の名前を気軽に呼んだりはしない。
まず百合は、中レベルの高校に通う俺を下に見てるから、慣れ慣れしい態度は厳禁だ。
あくまで、俺は、下から。
「うちの学校、模試なんて月に1、2回だし。頭良くて可愛いなんて、神様はほんと不平等だね。なんか部活とかやってるの?」
「うん。吹奏楽部でフルート。もうすぐ最後の公演だから、練習も厳しくて」
まあ、リサーチ済みだけどね。
「お疲れ様、だ。っいうかフルート凄い似合いそう。それに、勉強と両立とか、すごいね。聖女の吹部って、強豪校でしょ?」
可愛いからこそ容姿以外のことも褒める必要がある。
そして口調はあくまで柔らかく、チャラさは封印だ。
「そんなことないよ」
「休みは何してるのって聞こうとしたけど、それじゃあ、休みとか、ほんとないね」
どうでもいい百合の部活の話を聞き、学校の話を聞く。ときに俺の話を潤滑剤に混ぜ込みつつも、俺は優秀な聞き役に徹した。
そしたら、活気付いてきた店と、俺以外の8人の合コンノリで声が聞き取れないから、隣に座った百合との距離は60センチから30センチへと縮まる。
初めて会う異性と並ぶには近いけど、決して触れない距離。それでも、喧騒がひどくなった時は、耳元に顔を寄せて話せる距離だ。
時計がないからどれくらい経過してるかは謎だったけど、結果、これまで一度も彼氏の話は出ていない。
他のメンバーに黙ってろと言われたのか、それとも自分の意思なのかを、そろそろ確かめないとな。
「あ、すみません。お水、もらえますか?」
通りかかった店の人に、片手をあげて声をかける。
当然、百合のコップが空になっていたからだ。
「あ、私、そのピッチャーのでいいよ」
テーブル中央に置かれた、2割程度になってるオープンタイプのガラスのピッチャーを指していう百合に、にっこり笑ってみせる。
「氷も溶けてるし、あいつらの前に放置してたのを、倉持さんに飲ませるわけにはいきませんっ!」
おどけるような俺の口調に、少し照れたように頷いた。
店内の熱気で、百合の頬は上気して可愛いことになってる。氷水というのは、魅力的だろう。
テーブル中央のピッチャーへと、体を浮かせて手を伸ばす。
「前、ごめんね」
その際これまで触れることのなかった百合へ、狭さを理由に膝を触れさたのは、もちろん、わざとだ。
そして、新しいピッチャーを持ってきた店員に体をひねって手にしたピッチャー渡す際、踵をほんの少しだけ百合の靴に当てたのも。
「ありがとう」
そのままの流れで百合のピッチャーに氷水を注ぎ、それから殆ど減ってない自分のコップにも注ぐ。
百合のためだけに水を替えたっていうのをあからさまに見せつけるのは、恩着せがましいからだ。
「実際俺が冷たいの飲みたかったから。ここ、暑いよね。倉持さん、ほっぺ真っ赤ですごく、可愛い」
百合の目は俺が自分のコップに注いだ量を見てたから、俺の百合への気遣いを感じとったはずだ。
俺が百合を褒める時の表情が少し甘くなってるのを、俺は、見逃さない。
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