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演技と本音
じゃ、ま、そろそろ。
仕掛けどきか。
「あ……電話。ごめんね、ちょっと席はずすね」
俺はいかにもスマホに着信があった体を装って、店を出る。
ま。嘘だ。
仕込みってやつ。
少ししてトイレ側からこっそり席を覗いてみると、俺と話してたから、一層他の8人の空気に取り残され、奴らの話にただ曖昧に笑ってるだけの百合の姿があった。
男側には勿論、百合には話をふるなって根回し済。
時折店の入口に視線を送るのは、俺を探してるのか、それとも帰りたい、か?
よし。
席近くまで戻った俺の姿を見つけた百合が、会釈して笑顔を浮かべる。
俺はそれに同じく会釈と笑顔を返し、けどそのまま席にはつかず、逆端に座るキョウのところへと向かった。
「どったのー? 女の子から電話でもあったか?」
「ないよ。樋口から。今度の金曜ライブ、おまえんとこ出るのかって言ってたけど、出るの?」
「えー、キョウくん、バンドかなんかやってるの?」
少女Aちゃんの言葉にキョウが頷いた。
「ギターですっ!! うちのおとーともギターなんだけど、ヤマトのとこでやってたの。な?」
坂下さんの目が泳いでたのは、もう、ご愛嬌ってことで。
「えー、何かカッコイイっ! ヤマトくんは? 何してたの、楽器」
「いや、楽器は向いてなくて。歌ってました。一応」
決して視線は向けず、端っこの視界に映す百合の顔は、俺に向いている。
これまでずっとベッタリ自分にくっついて話していた少し気を許した男が、自分を通りこし、放置して、自分以外の人間と話し込むことへの苛立ち。
百合の心に、今それはあるかな?
「ボーカル!? 凄い! 聞いてみたいっ!」
「いやいや。そんなたいしたもんじゃないから」
「うそだー、ヤマトくーん。そのイケボで散々女の子泣かしてきたくせにー」
これはキョウ。オネエ風に身をよじるのを、軽く小突いてやった。
「えーっ!! ヤマトくん、そんな人だったわけ?」
「違います」
「違わないから。入れ食い? ちょ、今まで付き合った女の子の数言ってみろ」
「……」
「ほら、ね? こんな子なの、この子は」
「認めます! はい。認めますよ! けどもうそれ随分前だからね! 今は本気に真面目です! ……いやあ、ガチに好きな人できたんだけど、こっぴどく振られてさ。それからは、ほんとに、真面目だから」
軽い口調を装うけど、結構傷つきましたの演技は得意とするところだ。
リアルだからな。
案の定、場の空気が一瞬だけしんみりしたものになった。
で、キョウとカズは、しんみりのフリ。
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