この時のための経験値

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この時のための経験値

 まっとうなボーカルではない俺にカラオケの機械が打ち出した点数は散々で、キョウには爆笑され、カズには納得された。 「こいつ、ライブでも平気で歌詞とか間違えてたからね。歌い方とかいっつも違うし」 「毎回同じじゃつまんないんだよ」 「けど、上手だよねぇ。なんでバンド止めちゃったの?」  女の子の一人に聞かれて肩をすくめる俺に、カズが「受験勉強」とかいうから、またキョウが爆笑した。  百合の横の席に座り、苦笑を浮かべてカラオケ点数の言い訳。 「俺、生演奏だともうちょいマシですからね。ああ、そーだ。俺、今、金曜だけジャズバンドのボーカルで出てんだ。都合ついたら見に来てよ」  最近週3でダイニングバーのバイトに入ってんだけど、そこのオーナーがあの野外ライブを主催したおっちゃんで、今月おっさんのライブハウスではYA月間ってなイベントが行われてる。  若い世代にもっと生の音楽を!って趣旨らしくて、演者も若いのを使うにあたって、俺にダイニングバーでのバイト時間内に出演しろって言うから、そりゃ、飲食店でちまちま働くよりマシだろうと請け負った。 「え、ジャズ? ヤマトくん、すごいっ!」   「勝手にアレンジするお前にはロックよりジャズ向きだろとかいうから、そんなもん? って思ったけど…ジャズって英語なのよね。すっげ後悔。でもまあ、何事も雰囲気ですから。  そおいや来週の週末、ちゃんとしたプロの演者さんも出るから4回分のチケットもう完売らしくて。  倉持さん、音楽やってるんだもんね。プロの演奏とか刺激になる?もし来れるなら、連絡してくれたら入れるようにしとくよ」 「え?ほんとに?」 「友達百人とかは無理だけど、今日のメンバー分くらいなら。あ、メアド聞いていい? 別に棄てアドでいいから」  遠距離でさみしいとこに、話しやすく、あからさまな下心を見せない、見た目もそう悪いわけじゃない、友達の彼氏の友達って男。  ライブの為に「棄てアド」でいいからなんて言われてしまえば、連絡先くらいは、となる。  ほんとはさ。  彼氏の連絡先とかわかればそれでよかったんだよ。  けど君があんまりにも俺の思うように動いてくれるからさ。  ついつい。  欲が出る。   
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