誰を犠牲にしても

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誰を犠牲にしても

「ああ、俺、月曜からガッコ、行くから」 「そっか」  部屋のドアを開ける絆が背を向けてたからって、買い物にいってくるくらいの軽い口調が虚勢ってことくらい、俺は知ってる。 「うん」  抱き締めたい気持ちを目を閉じて諫めた俺が次に目を開けたときは、絆はもう部屋に入ってた。  すっかり整理された部屋の中、ベッドに腰掛ける絆に、ポケットから出したものを差し出す。 「はい」  俺の握り拳の下に広げられた絆の手にそれを落とせば、丸い目がそれに釘付けになった。 「これ…」 「御守り。ま、頑張って来いよ」 「え、マジで?なんで?」  それは、一枚の赤いピック。  絆のお気に入りの種類だったけど、俺たちが中学の時には会社が倒産してて出回ってるだけになってた。  だから近隣の楽器屋回って何とかかき集めた数枚を大事に使ってて、演奏に入る時には「失敗しませんように」って、キスしてたんだ。 「マジで?すげー山登! 滅茶苦茶嬉しいっ! どうやって手に入れたんだよ」  たかがピックされどピック。  絆いっぱいに広がるキラキラ笑顔に、修学旅行の自由時間を潰してまで楽器屋を回った甲斐があったと喜びを噛み締める。 「これどこにあったの!?」 「まあ、蛇の道は蛇っつうやつだ」 「ちょっと弾いてみよっ」  絆は勢いよく立ち上がると、ギターを手に取り、古いロックのメロディーラインを弾き始めた。 「あー、やっぱこのピックだわ。ほんとありがとな山登ー」  陰りのない会心の笑顔は、疚しい自分を薄汚くさせる。  修学旅行で見つけたピックは後6枚。絆の手にあるのが減れば、また一枚渡すつもり。  だって、枚数分笑顔がみたいじゃないか。  ……それが全部すり減るのと俺がすり減るのは、どっちが早いんだろうな。  ブー・ブブーと震えるスマホが、百合からのメールの通知を告げる。  ほらね。  すり減る速度があがる。 「けど、あの変態学校に一人で行かせるの不安だなぁ。なんなら俺、ついてってやろうか?」 「おまえはカーチャンか」 「宅の大切な大切な絆さんになにかあったら耐えられないざます」  オブラートに包んで包んで包んで、元の味がわからないくらい包んだ言葉。  世界中の誰を犠牲にしても、俺が大切なのはお前だ、絆。 「ちょ、山登、マジで ”ざます” なんて言葉使う人っていねーだろ」 「はあ? いるしっ! みたことあるし」  ギターを弾き流しながら照れ笑いをごまかす大切な ”友人” は、俺がしようとしてることを知ったら、どう思うだろう。  底の底まで知ったら。  はは。軽蔑されるだろうなぁ。
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