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焦げてしまっても
「絆、水族館のチケットあるから、いこ?」
「は? なんでまた。んなとこ、女と行けよ」
「女と行くための下調べだろうよ。一人で行くのさみしいしさ」
「まあ……いいけど」
「おまえ、あそこいったことある? 海の前のとこ」
「ああ……何回か」
「いつごろ? その時、ラッコいた?」
「居た……な。赤ちゃんも」
ビンゴ。
ほら、やっぱりだ。
ラッコがあの水族館に来たのは、今から2年くらい前。
去年は水族館のタグのついたマンボウのぬいぐるみがベッドの上にあったのに、今はもう、ない。
2年前はもう高校生で親と水族館に行くわけはなく、学校の遠足なんかで出向いたんだとしても、絆はぬいぐるみなんかに興味ないから、自分で買って、あまつさえベッドの上に置くなんてことしない。
だとすればそれは大切に想ってる……恋人からのプレゼントである可能性が高くて、今もうないっていうのは……そういうこと、だろ?
百合が清澄とのデートで行ったんだって水族館。
要は、高校生男子の行動なんて、そんなもんだってこと。
車をもってない昼間のデートとなると、結構決まったコースになるんだ。
”この前来たときさあ”
”この前って? 私はじめてきたよ。誰と間違ってるの?”
って、あれ。
結構ステレオタイプな人なんだな、清澄さん?
絆は男だから間違っても問題ないし、顔見知りの店員に”いらっしゃいませ。彼女、髪の色変えました?” みたいなことを言われることもない、から?
あんたはクラゲの暗がりで、絆にキスをした?
手を、つないだのか?
絆、おまえはぬいぐるみを、抱いて寝た?
嫉妬で焦げそうになる心。
ぬいぐるみはもうないけど、俺が水族館に誘った返事の間に、清澄が居た。
俺は、塗り替えたいんだよ、絆。
例えば水族館の思い出を。食べた飯の記憶を。映画館の一番後ろの席で手を繋いだって思い出を。
俺は恋人じゃない。
だから水性のマジックで塗ったみたいに、はじかれるのかもしれない。
仮に色をつけることができたとして、ベタベタ上から塗っただけの塗料は、すぐに剥げるかもしれない。元の色が透けてるかもしれない。
けど、それでも、俺は辿らずにいられないんだ。
百合の言葉から、絆の過去を。
どんな顔で絆がそこに居たのか想像して、おかしくなりそうになっても。
少しでも塗り替えることができるなら、俺は、やるよ。
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