想うのは自由

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想うのは自由

「ほれ、絆、ウミウシっ!」 「ちょ、山登やめろっ!! 気持ちの悪いものを持ってくるなっ!!」   俺が砂浜に落ちてた木切れの上に黒いゼラチンみたいなのをのっけて絆につき出したら、予想以上に怯え、その姿があんまりにも可愛くて、ついつい意地悪な手を止められない。 「ほーらほら。可愛いだろ?」 「可愛くないっ!!」  防波堤が背中に迫り逃げ場を失った絆は涙目になってて……ほんと、クるよなぁ。  可愛いにも、ほど、だろ。まじでさあ。 「可愛い。すげ、可愛いっ、ほら、絆、手出して」 「出すかっ! バカ山登っ!」  本当に苦手なんだろう。耳まで赤くしてさ。 「ほれっ!」  木の板を返して、上に乗せてたウミウシを絆に投げる───ふり。  遠心力ってやつで、ウミウシはまだ板の上にあるんだけど。 「ぎゃあああああ」 「ぽと」  ギュッと目を閉じ、大声をあげながら手のひらで顔を被った絆の頭に、さっき水族館の前でやったスーパーボールすくいの水とボールが入ったひも付きのビニール袋を軽くのっけた。  「やああああっ! 山登っ!!! やまと────っ!! とってっ!! 早くとって!!!!!!」  頭を振ればいいのにと思うけど、すっかり固まって動けないらしい。   やばい。もう、なんだろ、ありえないくらい、可愛い。  木の板が、手から落ちた。  や。違う。落とした。  悪い、ウミウシ。  絆の髪に触れたかったんだ。 「ほら、とってやるから、ジッとしてろ?」  パッと見わからないくらい小さく首を振る絆の頭に手を伸ばすと、ビニールをのっけた部分の髪を、梳いた。  表面は海風に晒されて冷たかったけど、差し込んだ指先に絆の温もりを感じて、切なさがこみ上げる。  この温もりを、全身で感じたい。  絡まって、溶け合って。  絆の全てを、感じたい。  思うのは、自由。   想うのは──自由だろ? 「絆、ほら。取れた。見て?」  絆の目の前にスーパーボールの入ったビニールを吊り下げる。  恐る恐る目をあけた絆の目が、それを見た瞬間くわっと見開かれた。 「今の、それ?」 「そ。これが頭に乗ってたから、取ってやったんだぞ。ありがたく思え。にしても可愛いな、おまえ。弱点めっけ」  白い肌が真っ赤に染まる。 「うっ────!!! 一回殴らせろっ!!!」  真っ赤な顔して拳を挙げた絆に思わず笑ったら足が出たから慌てて身をかわし、走り出した。  
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