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思い出の上塗り
「うわー、すげー」
腕を頭の下に置いて床に寝転んだ絆が、上を見上げて感嘆の声をあげた。
「ちょ、山登、早よ早よ! 寝っ転がって見たらなんかヤバい」
目の前にはデッカい水槽。
うす青く照らされた水槽の光源だけになった館内は、俺にはちょっと不気味だったけど、絆はかなりお気に召したようだ。
「なんか、海の中で寝てるみてー」
水槽の中で泳ぐ魚を目で追うその頬には終始笑顔が浮かんでる。
喜んでくれたのは見たまんまだとは思うけど、やっぱり言葉で聞きたかったから、絆の体に持参した毛布をかけてやりながら聞いてみた。
「な、面白かった? 当たり?」
「大当たりっ!!」
「そりゃ良かった」
「餌やったの初めてだったしっ」
なんか……遠足から帰った夜、興奮で眠れない子供みたいだ。
───クラゲのゾーンに行ったときとは逆の顔。
そこには確かに、少しくらいのキスならバレないような、一層薄暗い空間があった。
決して辛そうとか泣きそうとかそんな感じじゃなかったけど、薄青い光が照らす無表情の絆は艶っぽくて、清澄との過去に対する俺の想像をかきたてた。
どんなに大切な存在なんだって言われても、恋人じゃないからキスして清澄を塗りこめることなんてできない。
だから───。
俺にできるのは、同じ場所で、初めてのオトコとの思い出よりももっと深い記憶を植え付けること。
水族館イコール清澄じゃなくて。
水族館イコール清澄(俺)くらいにはその思い出に食い込めるように。
食事も。映画も。街ブラも。
「なあなあ、山登、下が痛い」
仰向けに寝たまま、背中の位置が定まらないとばかりに、毛布の下で体をよじってた絆が身を起こし、眉を寄せて俺を見た。
「ん。あぁ。しょうがない。諦めろ」
リノリウムの床。
アウターを着たまま横になっても、まあ床の硬さはダイレクトに伝わってくる。
「えー。なんだよ、それ。お前の毛布貸せよ。下にひくから」
「は? お前は鬼かっ。俺にむき身で寝ろと!?」
とんでもないことを言い出す奴だと思うんだけど、くるんとした目で見られたら、結局俺はこの小悪魔には逆らえない。
渋々肩にかけてた毛布を絆に渡したら、絆は座ったままそのマイクロファイバー毛布を広げて、うんと頷いた。
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