二割の達成感

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二割の達成感

 近い距離とかかる息のせいだろう、一瞬百合の体が固まる。  百合の耳から顔を離し、正面から笑顔で覗き込んで目で問うと、百合は口に片手を当ててメガホンがわりにして、お任せすると声を張り上げた。   22時オープンの、現在時刻22時15分。  早すぎるから店内にはまだ客の姿もまばらで、ダンススペースはガラガラ。 「なんかすごい。目がチカチカする」  暗い室内の光源は、青だのピンクだのの電飾がメインになる。  やっぱりもの珍しそうにキョロキョロしてる百合に手にしたグラスの口を合わせると、かすかにグラス同士の触れる硬質な音が聞こえた。 「倉持さんのクラブデビューに乾杯」  百合に選んでやったのは口当たりのいい甘いカクテル。  百合はそれをいたくお気に召したようで、何盃目かのおかわりを要求するころには、会場の熱気も増していて、アルコールと開放感のある場の空気が百合の異性との距離感を狂わせていった。  俺にしなだれかかる百合の顔をのぞき、23時スタートのDJが回し始めたことで空いた、比較的音の影響の少ないボックス席へと座らせた。 「もうソフトドリンクにした方がいいな。ウーロン茶、貰ってこようか?」 「ううん。大丈夫。山登くんて、大人だねぇー」 「そうでもないよ。大人なら、君をこんなとこ連れてきたりしない。彼氏にバレたら、絶対叱られる」 「だといいけど」 「怒られたいんだ?」 「だって……そしたら大事にしてくれてるんだって思うでしょう?」 「してくれてるでしょ」 「そうだけど………」  フロアよりもお互いの声を拾うことにそこまで苦労はないにもかかわらず、ソファーに身を深く沈めて目線を合わせてる俺の耳元に、口をひっつけるようにして話す百合。 「まあ、不安だよね。遠距離だと、こんなふうに手もつなげないもんね」  俺は百合の手を恋人つなぎにして握ると、大げさに上下に振った。 「わかるよ。俺も、とんでもなく寂しくなるときあるから」 「いつも……違う女の子連れてるのに?」  イタズラっ子のような笑顔になった百合に、肩をすくめてみせる。 「さみしいからだよ。癒してもらえるかと思って。百合ちゃんは、連休、彼氏帰ってくるんだろ?」 「うん」 「いいなぁ。羨ましい。実家、近いの?」 「彼、○○だから、それって、近いのかな?遠いのかな?」  それは高級を冠する住宅街の名前だった。 「まあ、今の彼との状況考えたら、確実に近いでしょ」  連休に帰ってくるって情報と、家の場所。  これだけ聞くためなら別にここまで百合に時間を割く必要はなかったんだけど、絆の軌跡をトレースしたかったから。  けど、手にしたのは、清澄を超えられたんじゃないかっていう2割の達成感と、8割の敗北感。もうそろそろ、引き際かなぁ。 
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