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聞きたい声
写真立てのガラスに守られた笑顔を、爪ではじいた時だった。
ブルッ、ブルッ。
ベッドの下、半分開いたカバンの中から、俺の本物のスマホが震えだした。
身を乗り出して、取り出す。
「は。マジかよ」
ああ。なんで今?
一番聞きたい声。
でも、今は一番聞きたくない声。
清澄が抱いた男。
清澄に抱かれた男。
俺が──
「もしもし? 山登今どこ?」
抱きたい、男。
「あー……ベッド…」
「はあ? まだ寝て……あー、はいはい、お邪魔様」
呆れたような声。
肩をすくめるとこまで、想像できる。
「大ジョブ。最中じゃないから」
「は。残念。最中なら聞かせてもらおうと思ったのに」
グっと、息が、詰まった。
平気、なんだよな。
俺が誰を抱こうと。
誰のベッドで、寝てようと。
俺は───友達だから。
くそ。
清澄が、笑ってる。俺を見て。
……むかつく!
ドロドロドロドロ。
渦巻く真っ黒。
「じゃ、次やるとき、コールしてやろうか? 聞かせてやるよ」
清澄の女の声をさ。
俺に抱かれてよがってる、お前を棄てた男の、オンナの声を。
「……は。いらねーし。今日、暇かと思って電話しただけだから。忙しそうだし、切るわ」
「どっか行くとか、あった?」
「いや。トマんとこのバンドの練習見に。ボーカルいないって言ってたから、おまえ、いたら雰囲気つかめるかと思っただけ」
「ああ。悪い。また誘って」
「うん。じゃな。……あんまはしゃぐなよ」
笑い声とともに切れたスマホと、笑顔の写真を見比べる。
あああああ────くそっ!
俺は元あった場所に写真立てを戻すとベッドから立ち上がり、両方の頬を挟むようにして叩きながら大きく息を整える。
ドロドロで、グルグルで、ゴチャゴチャで。
けど。もう。戻れないから。
痛む胸と腰の軋みは、ひとまずこの部屋に残してこう。
シャワー浴びて。飯食って。
未来の議員夫人を、ね。
ふん。
あんたらのせいで、俺は随分最低のロクでもない奴になりさがったもんだ。
───けど。
要は自分、なんだっけ。
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