美女と実業家と砂かけババア

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 鹿児島県指宿市東部にある摺ヶ浜海岸には南北1キロメートルに亘って温泉で加熱されたエリアがある。音に聞く砂蒸しの名所である。  そこの一つの温泉場で砂かけ係として働く女の内、異分子がいた。と言うのも彼女は見てくれが一際醜く人から気味悪がられたりしても人の役に立とうと長年に亘って仕事と共に鉱泉の研究に励み、腕を磨きながら地元の泉質を知悉し、砂を攪拌するにも砂をかけるにも効能を引き出す絶妙な裏技を身に付けて行き、かけ方一つでデトックス効果を存分に発揮させ、肩こりや冷え性や便秘や腰痛や神経痛などを改善出来、美肌にも出来、遂には姿形まで整えてしまう不思議極まる奇怪な妖力を持つに至った。  しかし、それは特別な愛情を注げる者にしか効力を齎さないのであった。その能力を生かす時が60歳になって漸うやって来た。貰い手が無く独身を通して来たものの我が子を抱く夢を捨てなかった彼女は、天の恵みか、捨て子と巡り合い、これ幸いと拾って育てることにし、毎日のように砂蒸しを施してやったのだ。  で、美砂と名付けられたその捨て子は、それはそれは玉のように端正で婀娜な見目麗しき女性に成長し、その見た目とは裏腹に女手一つで育ててくれた親を忌憚なく砂かけの仕事にかけて砂かけババアと呼ぶようになってしまった。  それは恩知らずな事とは言え、無理からぬ事で美砂は二十二歳になる今の今まで桜島の山頂のような赤茶けた肌をし、その山襞のような深い皺を刻み、どう見ても砂かけババアと呼ぶより仕方がない妖怪染みた風貌を物心がつく前から目の当たりにして来たのだから然もあらん。  それを心を痛めながらも尤もなことだと思っていた砂かけババアは、そろそろ結婚してもいいお年頃だと思い、美砂を嫁がそうと思っていた。それには玉の輿に乗らせるに限ると思っていた。手っ取り早く相手を見つけてやるには摺ヶ浜海岸を訪れる男性観光客の内、リッチマンを選び出し、美砂と逢わせる、それに限ると思っていた。  砂かけババアの働く温泉では砂蒸し名人の称号を得た砂かけババアの施しを受けるには破格の指名料を支払うことになっていたから彼女を指名する男は、まずもってリッチマンに違いないのである。  で、美砂には予めこれはというリッチマンに指名されたらスマホで連絡するから、その時には温泉で身構えていなさいと常日頃から言っておいた砂かけババアは、毎日のように手ぐすね引いてこれはというリッチマンを待ち設けていた。  そして遂にこれはというリッチマンの指名を受けた。砂かけを終えた後、少し話してみて確かな手応えを感じたのだ。 「高橋様、お仕事は何をなさってるのでございます?」 「IT企業を経営してるよ」 「と仰いますと社長様でございますか?」 「如何にもそうだが」 「それは結構なことでございます。で、高橋様はまだお若いから独身でいらっしゃいますか?」 「如何にもそうだが」 「そうでございますか、それはまた結構なことでございます。で、ここへはどのように来られたのですか?」 「東京発奄美行きの飛行機で奄美大島にやって来てフェリーで奄美群島を巡って鹿児島本土入りしてさ、鹿児島周遊独り旅の締めくくりにバスでここまで来たんだよ」 「それはまた結構なことでございます。ではホテルも乗り物も全部ファーストクラスで来られたのですね」 「如何にもそうだが」 「それはまた結構なことでございます。やはりそうでございましたか。何せ私めは砂蒸し名人またの名を砂かけババアと申しまして人並外れた妖怪のような眼力を持っておりますから何もかもお見通しなのでございます」 「ほほう、それは凄いね。いやはや確かにねえ」と高橋は感心しながらもぽかぽかと温かな中なのに少し身震いする程の寒気を覚えた。それだけ砂かけババアの容貌は鬼気迫るものがあったのだ。  砂かけババアはこの方に決めたとばかりに高橋から声を聞き取られない所まで離れると、スマホで美砂に連絡した。それから高橋の砂蒸しが終わると、桜島や開聞岳など山と海の織りなす雄々しい絶景について高橋と話したりして時間稼ぎした後、温泉風呂まで案内いたしますと言って高橋を連れて行き、こちらが男湯に通ずる更衣室でございますと告げた。  すると、高橋は礼を言って更衣室に入り、砂蒸しの時に着用した浴衣を脱いで汗と砂を落とす為、シャワーを浴びてから腰にタオルを巻き、そこを出て前の通路を進んだ。そして風呂場に入るなり天地が引っくり返る位、びっくり仰天した。定めし砂かけババアが妖術を使ったのだろう、高橋の目を晦まし、意図して女湯に導いた次第、なんと湯から上がって来た美砂とばったり出くわしたのだ。  水も滴るいい女とは正に彼女の為にある言葉。天目掛けてとんがったような開聞岳の山頂のように前に突き出た乳房が刺激的で印象的で見るからに血の巡りの良さそうな血色の良い肌をした、その裸体は女体の黄金比と言える程、完璧なまでに均整が取れ、神々しく輝き、高橋をめくるめく夢心地へと誘い、一気に彼女の虜にした。 「あ、あの」と高橋が必死の思いで口を開き、申し開きをしようとすると、美砂は艶めかしい笑みを湛えて言った。 「砂かけババアに言われてお越しになられたんですね」 「は、はあ・・・」 「それならOKですわ。私、ど~お?」といきなり聞いたかと思うと、美砂は色仕掛け宜しく科を作って高橋に急接近した。  その未だ嘗てお目にかかったことのない放胆さと嬋娟たる美に高橋はすっかり放心して美砂に釘付けになってしまった。そんな彼を砂かけババア御推薦とあらばと美砂が気に入り、斯く斯く然々と訳を話すと、それならばもうと何の迷うことなく高橋は彼女がいるにも拘らず美砂を娶る積もりになり、今の彼女が一般の基準から見ると、中々のカワイ子ちゃんでスタイルも十分良いのだが、何しろ神掛かった奇跡的な美を誇る美砂と比べてしまうと、ルックスもスタイルも雲泥の差でどろどろした泥に思えてしまい、美砂を本命に交際を始めることに決めた。  で、何やかんやあった後、東京で同棲生活が始まり、砂かけババアが見込んだだけあって高橋は美砂と相性良く元カノを捨てて順調に官能的に愛を育んで行き、或る晩、睦言を交わす内、「浮気したら絶対許さないわよ」と美沙に言われると、「す、する訳ないよ」と今にも蕩けてしまいそうな笑顔で答えるのだった。   その頃、砂かけババアはと言うと、美砂が上京して以来、姿を晦まし、依然として誰にも行方は杳として知れないのであった。但、各地で神出鬼没しているようで神社の傍を通ると、砂をかけられたという人や鳥居の下をくぐると、上から砂をかけられたという人があるそうだが、姿は何処にも見当たらないと決まって言うのであった。
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