第一話 ニヅカミ様

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第一話 ニヅカミ様

旧宿区。駅前。 犬の銅像にて。 「もー、遅いなぁ、タクくん」 大勢の人が行き来する中、彼女は撤去された喫煙所の前で、恋人の到着を待っていた。 行き交う人々は、そんな彼女には目もくれず、通り過ぎていく。その女の異変に気付くことすら無く……。 「ごめーん、待った?」 遅れて到着した恋人は、彼女の肩を叩く。 「タクくん…………」 「……!?」 振り返った彼女は、顔の毛穴という毛穴に膿を貯め、もはや前も見えぬ程に爛れた顔で彼に言った。 「ねえタクくん、私の顔、どうなっちゃってるの?」 『怪異警報。旧宿駅前にて怪異発生。クラス「スペクター」。周辺住民の方々は、直ちに避難してください。繰り返します──』 人々は我先にと走り出す。 「キャー!!」 「クラススペクター!?やばいぞ逃げろ!!」 「タスケ……助けて……」 交差点の真ん中には、怪異に襲われた多くの人々が倒れる。 「警察です!落ち着いて避難してください!!」 「警察の方!助けてください…!私の顔が……ああああああああぁぁぁぁ!!!」 老若男女、警察だろうが容赦なく怪異が襲いかかる。 「な、なんだあの姿は……」 全身の皮膚が爛れ赤く染まり、血と油で固まった髪を地面に擦らせ、無数の腕を背中から生やしたその姿は、まさに禍々しき悪霊そのもの。 「特殊部隊、応戦する!!」 盾を持ち、自動小銃を構えた隊員が一斉に悪霊に向かって射撃する。 「縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠」 悪霊の怪異に数多の弾丸が命中。鮮血が吹き出すものの、怯むことなく怪異も応戦。立ちはだかる特殊部隊員に呪いをかけ、薙ぎ払う。 「あああああ!!!」 「クソッ……銃が効かない!!」 戦う者たちは皆わかっていた。悪霊に物理攻撃はあまり効果的ではない。だが、この者達が戦う術はこれしかないのだ。 「きゃっ」 躓いて転んだ少女。彼女にも平等に、容赦なく悪霊が襲いかかる。 「縺上k縺励>」 「あっ……やめて……ぎゃああああああああああ!!」 少女の悲痛な叫びが、スクランブル交差点に鳴り響いた。 「……なるほどねぇ」 ビルボードの上から、遠目にそれを眺める女。 咲亜は腕を組んでつぶやいた。 「かわいそうに。あの子、まだ小さいのに」 急かすように言うのは、咲亜の背後を飛び回る影のような見た目の悪魔、ジル。 「あんなトロい幽霊、さっさと逃げりゃいいのに」 咲亜はため息をついた。 「お前が早く行きゃいいんだよ!」 ジルは耳元で怒鳴った。 「敵情視察だよ。たかがスペクターとて、どっかの最弱悪魔さんのせいで、ほぼ生身の私にとっちゃとんでもない脅威なんでね」 「いいから早くいけ」 「はいよ」 咲亜はビルボードから飛び出した。 「じゃ、参上〜〜!」 悪霊の前に、勇ましく着地する咲亜。 「縺ゅ↑縺溘」 それに気付いた悪霊が、咲亜に急接近する。 「なんつってるかわかんねえけど、悪霊退散!!」 咲亜は悪霊の攻撃をかわし、掌底で押し返し、怒涛の連打を繰り出す。 「オラァ!!」 悪霊の頭を掴み、地面に叩きつける。悪霊の頭は地面にめり込み、アスファルトがひび割れる。 しかし、悪霊は自らの頭を自切し、再び立ち上がる。 「あー、めんどくせえな。おいジル、何なんだあいつ」 咲亜は小型のデバイスをいじっているジルに問う。 「いま検索してっから!……あ、出てきた!」 悪霊から再び新しい頭が生えてくる。 「あれはどうやら『ニヅカミ様』と呼ばれる都市伝説にまつわる悪霊だ。顔に面皰ができやすい体質が故にいじめられて13歳という若さで自ら命を断った怨霊だ。呪われたら顔の皮膚から粘膜まで面皰だらけになって窒息死するらしい」 「なーるほど。どうりでそこらの死体は皆ニキビだらけな訳か」 咲亜はニヅカミ様の攻撃をかわす。 「多分頭が生えてくるのは、増え続ける面皰の象徴だ」 ジルは言いながらニヅカミ様から距離を取る。 「じゃあ私が、正しいスキンケアの方法を教えてやらねえとな!!」 咲亜はニヅカミ様のパンチを避け、カウンターブローをかます。 たまらず怯んだニヅカミ様の腕を掴み、ニヅカミ様へ背中を向ける咲亜。 「おらあああああ!!」 「出た!一本背負い!!」 ニヅカミ様は激しく地面に叩きつけられ、衝撃で顔面から大量の膿を放出した。 「うわっ、きったね」 咲亜は自分の服が汚れるのを気にして1歩後ずさる。 すると、背中側にいた誰かにぶつかった。 「おっと、わり…」 咲和が振り返ると、そこに立っていたのは死んだはずの一般市民だった。 「おい、こいつ……」 周囲を見渡すと、倒れていた人々は皆立ち上がり、咲亜の方を向いていた。ジルは隠れていた銅像の影から頭を出し、咲亜に言う。 「気をつけろ、こいつら全員憑依されてる」 一斉に、憑依された人々が咲亜に襲いかかる。 「ぐあっ……クソ、放せ!!」 咲亜は抵抗するが、圧倒的な数に押され、身動きが取れない。そこに、さっきまで倒れていたニヅカミ様がにじり寄る。 「あぁまずい……!!」 ジルはその場から逃げ出すように背中を向けて走り出す。 「おいジル!!てめえ逃げてんじゃねえ!!」 「縺翫a縺ァ縺ィ縺」 ニヅカミ様のパンチが、咲亜の下腹部に直撃する。 「うがぁっ……」 鈍い音と共に、咲亜の口から血が飛び出す。 「……うぁ…」 ニヅカミ様が背中から生えた無数の手を構えると、すべての手の爪が一様に鋭く伸びる。 「クソ……やめ……」 ニヅカミ様は、その無数の手で咲亜の顔面を引っ掻きまくる。またたく間に咲亜の顔面は血まみれになり、鼻や目玉は地面に転げ落ち、すでに骨まで見え始めるも、なおニヅカミ様の攻撃は止まらない。 ニヅカミ様の手は返り血で真っ赤に染まる頃、ようやくニヅカミ様の攻撃は止んだ。咲亜の顎を支える筋肉が断裂し、だらんと下あごが垂れ下がる。喉元までも跡形もなく切り刻まれ、もはや呼吸すらままならない。 「あぁ、咲亜……これも俺が生き残るためだ、許してくれ」 ジルは遠くの木の影に身を潜め、咲亜に向かって手を合わせた。 「繧ュ繝・繧ヲ繧オ繧、」 トドメと言わんばかりに、ニヅカミ様は大きく手を振りかぶる。 その瞬間、あまりに強大で圧倒的な殺意に、すべての者達が動きを止める。 なんだこれは。 何が起こったのか。 ニヅカミ様は周囲をキョロキョロと見渡し、ニヅカミ様に憑依された者達は、死よりも恐ろしい何かに怯え、次々と自らの2度目の命を断っていく。 「繧ウ繝ッ繧、繧ウ繝ッ繧、繧ウ繝ッ繧、」 一瞬怯んだが、目の前の女はすでに虫の息。ニヅカミ様はもう一度振りかぶる。その時、先程まで俯いていただけの咲亜が、もはや骸骨になったその顔で、再びニヅカミ様を睨み付けた。 無いはずの目の奥の奥から放たれる眼光、その殺意。 ここにきて、ニヅカミ様ははじめて悪霊としての自分の行動に後悔する事となる。 調子に乗りすぎた。こんな事しなければよかった。最初から素直に死んでおけばよかった。 いくら考えてももう遅い。 「死ねや」 咲亜がニヅカミ様に本気のパンチを浴びせる。その瞬間、ニヅカミ様の首が弾け飛んだ。 咲亜は仰向けになったニヅカミ様に馬乗りになり、無数の腕をすべて両脇に抱え込むと、勢い良くすべての腕を引っこ抜いた。 「どうせまた生えてくるんだろ?いいぜ、潰してやるよ、その面皰。一つづつ丁寧になぁ!!」 ニヅカミ様は二度と無いと思っていた死の苦しみを、その面皰の分だけ味わう事となった。 『怪異警報、解除。出現していた怪異は、怪異ハンターによって消滅しました。繰り返します──』 「その、お前を置いて逃げた事、悪かった」 「いいんだよ、あんたが死んだら一番困るのは私なんだから」 咲亜は血まみれの顔面を押さえながら自宅へと向かう。 「それに、3日以内に直してくれんだろ?これ」 「それは前にも言っただろ?目の修復は最低でも1週間だ」 「できるよな?」 再び咲亜の眼光が鋭く光る。 「……善処します」 ──旧宿駅前ニヅカミ様事件── ○井上奈津美(いのうえなつみ)(19) 本事件の最初の被害者。顔面のみでなく、口や鼻、眼球や脳内に無数の良性腫瘍が見られた。 ○本田俊也(ほんだとしや)(28) 交番勤務の巡査。怪異と応戦した末殉職。直接の死因は窒息ではなく、ニヅカミ様の攻撃を胸に受けたことによる失血死。 ○宮本光梨(みやもときらり)(7) 本事件最後の被害者。興奮した怪異の攻撃により下腹部を潰され圧死。怪異による影響は見られなかった。 他34名、怪異により死亡。 死亡したと見られる人物たちが一斉に立ち上がり、ハンターに襲いかかった。怨念タイプの怪異には他者の肉体を操る能力がある可能性がある為、被害者の生死にかかわらず可及的速やかに処理する事が望ましい。 また、本事件はクラス「スペクター」が起こした事件において過去最高の死者数となったことも留意されたい。
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