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第十一話 鵺
ヒョーヒョーと
夜な夜な響く
物怪の
黒煙立ち込め
病よ来たれり
怪異にはそれぞれクラスが定められる。
・クラスゴースト
一般的な悪霊や、比較的害の少ない怪異。
・クラススペクター
人間を殺傷する能力があり、危険とされる怪異。
・クラスレジェンド
一般的に都市伝説とされる、危険な怪異。
・クラスゴッド
一般的に神の名がつき、天災とされる怪異。
・クラスコンセプト
最も高位で抽象的、象徴的な怪異。
「コンセプトというクラスは、本来一部の幹部にしか公開されていなかった。しかし、前回の事件の後、この体制が見直され、怪異ハンター達にはこの定期講習会を通じ徹底的に周知される事となった」
講師の朝比奈愛衣はメガネを直しながらそう語る。
真理は定期的に開催される怪異ハンター協会本部主催の講習会に参加していた。
「そして、それぞれハンターの階級に応じた怪異の処理が命じられることとなっているが……」
朝比奈はふぅ、とため息をつく。
「今、怪異ハンター協会本部は深刻な人手不足を抱えている」
朝比奈はスクリーンの画面を切り替える。
「先日のクラスコンセプトの怪異事件は知っているな。あの事件により、ハンター協会においてたった一人であった天級ハンター、咲亜や、その他大勢のハンターを失った」
「朝比奈先生、一つ質問が」
真理は手を上げる。
「どうした、真理」
「あれほどの怪異を倒せる人間など、……そ、存在するのでしょうか」
真理は当時を思い出し、震えながら率直な質問を投げかけた。
何かを言いかけた朝比奈は、少し間を置いた後に改めて説明した。
「……過去に一度、一人だけ、クラスコンセプトの怪異を処理した人物がいる」
過去に一人だけ。その言葉が、真理をさらに恐怖のどん底に陥れる。
「そ、その人は天級ハンターだったのですか?」
「……当時は準1級だった石神咲亜だ」
咲亜。真理の命を幾度となく救い、同時に真理を1流のハンターへと成長させた、真理にとっては憧れであり恩人であり、大切な友人だった人物。
「……今日の講習はこれまでにする」
朝比奈は、静かに泣く真理の隣に座り、落ち着くまで真理の背中をさすっていた。
『怪異警報。薙宮区山間部にて怪異発生。クラススペクター。避難区域の方は黒い煙に注意し、早急に避難してください。繰り返します──』
月夜に照らされた夜、遠目で見てもわかるほど、黒い煙で埋め尽くされた山。
「気を付けろ真理。あの煙は毒でありセンサーでもある」
ジルは真理を気遣うように言う。
「センサー?」
真理は小走り気味に現地へ向かう。
「ああ。奴は常に黒い煙を出しながら移動する。あの煙は吸えば並の人間は病に冒されやがて死ぬ。そうでなくても、ヤツは黒い煙の範囲に存在する物体の情報が手に取るようにわかるはずだ」
「なにそれ、ズルじゃん」
真理は足を止める。
「……しかも奴はかなりの巨体。真正面から殴り合って勝てる相手じゃない」
「どうすればいい?」
ジルはニヤリと笑った。
「逆に利用してやるのさ」
真理は黒い煙の中に足を踏み入れる。
「視界もこんなに悪いと、確かに相手に取って独壇場だね」
真理は咲亜から教わった呼吸法により、短時間であれば毒ガスの中でも活動できる。
「ああ。奴は狡猾だ。常に自分が有利な状況でしか戦わない」
ジルは周囲をキョロキョロと見回す。その刹那、黒い煙の奥にキラリと光る刃が、真理の首元を狙う。
「ッ!!」
間一髪で真理はそれを避ける。
「……出やがった、鵺だ」
体長およそ15m。両手には立派な太刀を構え、真理の前に立ちはだかった。
「気を付けろ真理。いくら真理が強いからって、攻撃を食らえばたちまち傷口から黒い煙が……!」
ジルは真理の姿を見て、一気に顔が青ざめる。
「……もうすでに食らってる」
真理は首から垂れる血を片手で押さえながら、なお鵺から目を離さず徒手空拳の構えを取っていた。
「真理ッ!そ、それ……」
「さっきの斬撃、首をかすめられてたみたい。あんま長くは持たないかも」
言いながら、真理は鵺に接近。鵺の鼻先に強烈なミドルキックをかます。
「グギャアアアアア!!」
鵺は鼻を折られ、怒り狂ったように興奮し、暴れ回る。
「うわっ」
真理は慌てて距離を取る。
……一瞬にして静寂が訪れる。
「……煙で何も見えない」
「集中しろ真理。どこからくるかわからない」
真理は目を閉じ、全神経を集中させる。…………気配。
「そこッ!!!」
真理は気配に向かって回転上段蹴りをする。しかし、真理の蹴りは空を切る。
「!?」
次の瞬間、目の前から黒い煙をかき分け、太刀の切っ先が迫る。
「あっ」
「真理ーー!!!」
鵺の太刀は、真理の左胸部を貫通。そのまま持ち上げられ宙吊り状態となり、身動きが取れない。
「うっ……ごっ……」
瞬く間に真理の左の肺を自身の血液と黒い煙が満たしていく。
鵺は太刀を素早く引き抜き、真理めがけて黒い煙をぶつける。勢い良く噴出された黒い煙は、真理の体をいともたやすく吹き飛ばし、真理の体は木の幹に打ち付けられた。
「ガッ……」
そのまま真理は地面に倒れた。
「ギャアアアアアア!!!」
鵺は勝利の雄叫びを上げるかのように空に向かって叫び、その場を去っていった。
「真理!真理ッッ!!」
ジルは慌てて真理の元に駆け寄る。
「ジ、ジル…………」
仰向けになった真理は、虚ろな目でジルを見た。
「わ、わた……し……、ぜん……ぜん……ダメ、だったね……」
「喋るな真理!今治すッ!!」
ジルは治療を始める。が、真理は咲亜のように強くない。鵺の太刀は真理の心臓に大きな傷をつけており、こうなれば通常の生き物であればすでにショック死している。咲亜こそ、こういった時の生への根性が凄まじく、ジルの治療さえあれば生き残ることができたが、真理とあればそうはいかない。
「クソッ!クソッ!!」
ジルの能力は、相手が生きている場合に限り効果を発揮する。相手が生きてさえいればどんな怪我だろうが治すことができる、拷問の為の能力だ。しかし、どう頑張っても癒やすのには時間がかかる。真理が死んでしまえば、もうジルの能力は発揮しない。
「なんで……あぁ…………!!」
ジルは懸命に真理を癒やす。心臓の傷が塞がった。
「耐えろッ!耐えろッッ!!」
肺の穴が塞がった。
「あ……りが……」
全身の傷が塞がった。
真理は目を閉じ、静かに息を止めた。
「そ、そんな…………」
ジルがいくら能力を使っても、もう真理の傷が癒える事はない。
「ウソだろ……おい……」
ジルは膝から崩れ落ちた。
ふと、声が聞こえてきた。
「一つだけ、教えてなかったことがあったな」
真理はその声に耳を傾ける。
「とっておきだぞ?絶対に忘れんなよ」
真理は、その声に手を伸ばした。
「死んでも負けんな」
火薬の臭いがした。
「……ジル」
ジルは真理の胸に顔を埋め、わんわんと泣いていた。
「ジル」
ジルは泣きやまない。
「……ジル〜」
ジルは泣きやまず、さらに力強く真理を抱きしめる。
「コラ」
真理はジルの頭を引っぱたいた。
「!!??!?!」
ジルは顔をあげ、驚いたように周りを見渡す。
「……もう、大丈夫だから」
真理は腕を組むように胸を抑えながら、そっぽを向いた。
ジルはぽかんとした様子で、立ち上がる真理を見つめる。
「……治してくれてありがとう」
「ま、真理……」
ジルから次第に笑みが溢れる。ジルの治療は、間一髪の所で間に合ったのだ。
「さっきは油断した。今度こそ倒す」
真理は拳を握りしめる。ジルはその様子を見て、キュッと顔を引き締めた。
「……ああ、やってやれ」
そしてジルは目元を拭いながら、親指を立てて真理に向けた。
鵺は、背後から迫る気配に気付き、素早く太刀を振りぬく。
しかし太刀は空を切り、鵺は今一度黒い煙に意識を集中させる。
……いない。
更に濃く、黒い煙を放出する。
「頼り過ぎだよ、バーカ」
気づいた時は、既に遅かった。黒い煙は通常口から吐き、周囲に充満させる。その都合上、背後や特に自分より上は霧が薄くなりがちだった。
真理は鵺の後頭部にドロップキックをかます。激しい衝撃音と共に、鵺の眼球は上を向く。
「……もういっちょ!!」
同じ箇所にもう一度ドロップキック。ついに鵺の頚椎は衝撃により脱臼し、地面に倒れ込みながら絶命した。
「ホント焦ったんだぞ」
ジルは目頭を拭いながら言う。
「ごめん、次はあんな風に油断しない」
真理は軽く俯きながら歩く。
「……今更かもしれないが、真理は咲亜と違って強くない。咲亜と同じ戦い方はできないんだ」
「……うん。わかってるつもり。……わかってるつもりで、わかってなかった」
真理は鵺との戦いを思い出す。1発目をもらった時点で、最大限気を引き締めなければならなかった。いや、そもそも1発目を貰うことさえ許されない。咲亜のような血なまぐさい戦い方をしては、真理の体では持たない。
「私は、私の戦い方をする」
──薙宮区鵺事件──
○赤谷フミ(96)
鵺の黒い煙による病で死亡。
○赤谷哲也(68)
猟銃を持って鵺退治に出掛けたが、鵺の太刀により全身を3等分に切り分けられ死亡。
一般人が怪異と戦闘し、生還した事例は少ない。本事件も、一般人が怪異の処理を試みた結果起きた二次災害であり、改めて一般人への怪異に対する周知が必要である事を裏付ける事例となった。
また、その後の怪異の解剖調査により、今回の怪異は、その処理にあたったハンターの身体測定から基づくシュミレーション結果に見合わない程の衝撃力が起因として絶命している事がわかった。
本ハンターの経過観察にあたり、この事に留意されたい。
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