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第十二話 くねくね
「……ん、なんだあれ」
遠くでゆらゆらとうごめく白い影。
「お前、望遠鏡もってたよな?」
「あ、ああ」
「ちょっと貸せよ」
望遠鏡を覗き、ピントを合わせる。
「なあ、何が見えるんだ?」
望遠鏡から目を離した男は青ざめた顔で言った。
「……お前は見ないほうがいい」
「真理一人では手に余るという事で、今回は私も同行する事となった」
朝比奈は、そう真理に説明した。
「朝比奈先生が直々に……」
真理は少し驚いた。朝比奈愛衣は特1級ハンターで、自分は手に余る存在だと思ったからだ。
「ああ。だが私なんかが果たして真理の助けになるだろうか……」
朝比奈は顎に手を添え難しい顔をした。
「ええっ!?逆ですよ!私が足を引っ張ってしまうかも……」
「石神は、私なんかの比にならないくらい強かった。そんな石神に鍛えられたのが真理。正直不安だよ」
「そ、それは……」
真理は、朝比奈の本当に不安そうな表情を見て、改めて協会本部において咲亜がどういった存在だったかを思い知る。
「本来、怪異ハンターは同じ怪異の力を持って戦う。そうでないと怪異に対しては対抗できないとされていた。しかし、その常識を破ったのが石神だった。初めて彼女を見た時、素手で悪霊を殴りに行ったのは驚いたよ」
「えっ……!?」
真理が驚くのも無理はない。何せ、真理は素手で殴る以外に怪異との戦い方を知らなかったのだ。
「だから、通常怪異ハンターと認められる者は、自身も何かしらの怪異となる」
「えぇ……」
真理は自分の手のひらを広げ、朝比奈と交互に見る。
「あの、朝比奈先生は……」
「私か。私はこれ」
言いながら、朝比奈は手を前に伸ばす。すると、光の欠片が集まっていき、やがて武器が具現化した。棘がびっしりと生えた、巨大な金棒。
「鬼だ」
「ここだな」
のどかな田園風景が広がる山間地。
「ここで怪異の目撃情報が相次いでいる」
ジル、真理、朝比奈の三人は、あたりを見回した。
「しっかしのどかだな。ほんとにこんな所に怪異がいるのか?」
ジルは伸びをしながら朝比奈に問う。
「目撃者は皆気が触れ、言語すらまともに喋ることができなくなっている。注意しろ」
「……ん、あれは」
ジルが何かを発見。目を凝らす。
「ジル!あまり見るな!!」
朝比奈が叫んだ時には、時すでに遅し。ジルはその場に倒れ込んだ。
「ジル!!」
真理が駆け寄る。
「あれは……だめだ……見てはいけない……」
言いながらジルは顔面を何度も地面に打ち付け始める。
「ジル!ジル!!」
真理はそれを無理やり制止する。
「……チッ、悪魔であっても有効か」
悪魔であるジルは、人と違い目がいい。今回はそれが仇となったのだろう。
朝比奈は金棒を具現化させる。
「真理、あいつだ。視界の端で認識しろ。あまり見るな」
真理は、朝比奈が指差す方向をぼんやりと見る。何やら白い物体がくねくね蠢いているように見える。
「……かかし?」
「こちらには寄ってこないようだ。さて……」
どうしたもんか、と腰に手を付く朝比奈。近寄らない事には攻撃できないし、かと言って狙撃する為に凝視し過ぎたらジルの二の舞いになる。朝比奈はかけていたメガネを外し、金棒を振り回し始める。
「これでどうだ!!」
金棒を投擲する。飛んでいった金棒は、白い物体の足元に落ち、その瞬間に金棒に向けて落雷が落ちる。
真理はとっさの事に、尻もちをつきながら両手で顔を覆う。
「………真理!目を閉じっ……!」
一瞬だった。200mはあろうかと言う距離を、一瞬で詰めてきた白い物体は、朝比奈が言い切る前に朝比奈の目の前に現れ、朝比奈はその姿を間近で直視する。
「あ、朝比奈先生……?」
間一髪、目を塞いでいた真理は、目を塞いだまま呼びかける。
「……はは、あはははは」
ゴン、ゴンと、地面に何かを打ち付ける音。
「せ、先生……」
「あふえ……てり……ははははは」
打ち付ける音は、次第に鈍い音に変わっていく。
真理は目を閉じたままゆっくりと立ち上がる。
「……集中。落ち着け」
真理はゆっくりと構えを取る。無明の構え。視界に頼らず、聴覚、嗅覚、触覚、あるいは味覚までも、あらゆる感覚を研ぎ澄ませ、見えない者の存在を探る。
咲亜から教わった戦闘術の一つだ。
刹那、空を切る気配。
「見えたッ!」
合わせるように後ろ回し蹴りを繰り出す真理。
命中。
白い物体は、回転しながら地面に倒れる。
「……今追いかけてもダメ。奴は速い。合わせる」
独り言のように、自分に言い聞かせるように、緩ませず機を待つ真理。
再び白い物体が急接近。これを躱しつつ、放った拳は白い物体の急所を捉えた。
「…………」
気配が消えた。ゆっくりと目を開ける真理。
「……倒した」
既に怪異は消滅し、のどかな田園風景がそこにはあるのみだった。
「ジル……朝比奈先生…………」
たった一瞬のうちに変わり果ててしまった二人の姿を見て、またしても真理は膝から崩れ落ちた。
──華沢村くねくね事件──
死者0名
本怪異の「直視したら発狂する」という特性上、死者数は0名であったが、その効果は、同じ発狂の特性をもつ、かのクトゥルフよりも強力であった。
特に、鬼の特1級ハンター「朝比奈愛衣」の損失は本部にとって大きく、現在叡智を結集し治療を行っている。
なお、同じく怪異を直視してしまった悪魔「ジル=デビル」は、遠目であった事、そして瞬時の判断で自身を幼魔化させた事により事なきを得ている。
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