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第十四話 オオズボタイ
たまに、窓の外がふと気になるときがある。
外の音だったり、窓の立て付けだったり、あるいは気まぐれだったり。
でも、なんの気なしに無意識のうちに、いつの間に窓に手をかけていた、そんな時。
そんな時は、一度考え直したほうがいい。
窓は、外の世界から唯一あなたを隔てる物だから。
「僕が推奨したんだ。これで君は今日から3級ハンターだ」
「ありがとうございます」
新たなハンター証明書を受け取る真理。
「ここだけの話、君には期待しているんだ」
そう言うのは、ハンター協会人事部の松永康介。
「怪異の力を借りずに怪異と戦う、ある意味人間の怪異とも呼べる石神咲亜。彼女の一番弟子が君だと聞いている」
「は、はい……」
突然始まった話に困惑する真理。
「僕もかつては怪異ハンターとして怪異と戦っていた事がある。結局、4級止まりだったけどね」
そう言って松永は義手となった左手を見せびらかすように差し出す。
「僕と違って君はまだ若い。これから期待しているよ」
たった1分ほどの会話が、真理には30分にも1時間にも感じられた。
「は、はい」
真理はそそくさと部屋を出た。
それから真理は、再び朝比奈の入居する施設へ足を運んだ。
「朝比奈先生」
「まり」
真理は朝比奈の隣へ腰掛ける。
「りんご」
「あ、これですか?」
台の上に置かれたりんごを手に取る真理。
「わかりました、切りますね」
真理の切るりんごの皮は繋がらない。
「どうぞ」
真理が差し出したりんごを手に取り豪快に頬張る朝比奈。
朝比奈はくねくねを直視して以来、二度と回復することはないと思われていた。しかし、少しずつだが奇跡的に回復しており、時が来れば完全に回復する可能性もあるという。
「うま」
くねくねを直視した人間の回復は前例のない事で、怪異ハンターであるからか、あるいは他に要因があるのかは定かではない。
「よかったです、先生」
「……まま」
朝比奈の回復は、まだまだ先の話になりそうだ。
【オオズ】
郊外の薄暗い路地裏を歩く真理。
ふと、視界の端に違和感を感じた。
「あれは……?」
【オオズ様】
アパートの2階の窓に張り付く謎の物体。
「ピピピッ!!」
ジルが真理の周囲を飛び回る。
「もしかしてあれ……怪異!?」
【おいでください】
「ピッ!!」
「あっ」
ジルが真理を突き飛ばした。
その瞬間、真理の頭上を人の生首が通り過ぎ、ベシャっと壁にぶつかって弾けた。
【オオズ様。よくぞ】
「な、なんなの……?」
真理はあたりを見回すと、あたりの風景は一変していた。
空の至る所から、水道の蛇口のように螺旋を描き降り注ぐ大量の赤い液体。ドロドロとしたそれは、あたりの建物を飲み込むように流れ、ツンと鉄の匂いが鼻につく。
「これ……血だ」
異世界に連れて来られたか、あるいは幻覚を見せられているのか。
どちらにせよ、真理にとってこれ程悪い状況はない。
「ジル……ジル?」
「ピ…………ピピ」
ジルは、先程飛んできた生首に直撃し、壁にもたれかかっていた。
「ジル!」
真理はあわててジルに駆け寄る。小さくなってしまったジルに、このダメージは深刻だと考えたからだ。
「ピピ……ピ!」
ジルはぎこちないサムズアップをしてみせる。
「あぁ、よかった……」
真理は安堵のため息をつき、ジルを砕けた生首から拾い上げる。
「でも、どうしよう」
この世界から脱出する方法なんて、それこそジルに聞かなければわからないのに。ジルは相変わらずピとしか言えない。
「ピ!」
ジルは真理の手から飛び立つ。
「付いてこいってことね。わかった」
真理は立ち上がり、ジルの後を追った。
「あれ、さっきのやつ?」
先程アパートの窓に張り付いていた得体のしれない生き物。さっき見た時と比べると、全身から滴る血、より隆々とした筋肉など、より力を付けていることは想像に易い。
「ピ」
「あれを倒せば出られるって事か……」
その怪異は真理たちに気付くとゆっくりと振り返る。
人の生首から、前後左右均等に生えた4本の腕。まるでドローンを逆さにしたようなその姿は、彼がこの世のものではない事を裏付ける。
「……オッケー、ジルは下がってて」
「オオオオオオオオオオオオオ」
怪異は、低く禍々しい咆哮をあげる。
「……来るっ!」
怪異が素早く接近し、真理に向かって拳を振りぬく。
それを素早くかわす真理。怪異の拳は後ろのトレーラーに命中し、トレーラーはまるでミニカーのように吹き飛ぶ。
「あ、あんなのに当たったら……」
再び真理に迫る怪異。
前後左右対象。正方形に並んだ腕により、怪異は圧倒的な安定性と素早さ、力強さを兼ね備えていた。
「……くっ」
かわすのに精一杯な真理。なんとか攻撃の隙を探すも、長い腕のリーチにより隙がない。
「そこッ!!」
しびれをきらした怪異が放ったストレート。これを見逃さず、真理は二の腕に蹴りを入れる。
「オオオオ」
一瞬バランスを崩した怪異。この機を逃さず、素早く懐に入り込む真理。
「ああああああああ!!!」
素早く飛び上がり、むき出しの頭部に飛び蹴りを入れた。
「オオオオオオオオオオオオオ」
よろめきながら苦しむ怪異。
「もう一発……っ!」
今度は怪異の頭部を、重力の方向へ回転蹴り。たまらず怪異は姿勢を崩す。
「とどめっ!」
飛び上がりながら頭部を掴み、それを軸に後ろへ回り込む真理。そのまま首根っこに張り付き、両手足を使ってホールド。
「オ………………………オオオオ………………」
「は、はは……、この腕の形なら、こっちまで手は回せないんじゃないの?」
勝利を確信した真理。しかし
「!!??」
突然、軟体動物のように首を伸ばす怪異。そして頭部を真理ごと振り回し、勢いのまま壁に叩きつけた。
「ぐあッ!!」
背中からコンクリートの壁に叩きつけられ、壁は大きく穴を開けてひび割れた。身動きの取れない真理。
「うぅ……」
その姿勢のまま、先程トレーラーにしてみせたような、渾身の一撃を食らってしまう。
「ごっ」
ボトリと地面に落ちる真理。
「ぐ……ぎぎ……」
歯を食いしばり、なんとか立ち上がるが、あのパワーの攻撃だ。たった一発でも貰えば致命傷は免れない。
「ふぅ、ふぅ」
複数肋骨を折り、まともにできない息を無理にでも整える真理。
「オオオオオオオオオオオオオ」
トドメと言わんばかりに怪異は拳を振り上げる。
「うわああああああああ!!!」
真理は最後の力を振り絞り、拳を握った。
ふわりと、真理の髪が硝煙のように揺れた。
怪異と真理の拳がぶつかり合う。
「オオオオオオオオオオオオオ」
押され気味の真理。
「がああああああああ!!!」
真理の拳から、眩い光が溢れ出る。
「オオオオ………オオオオオオオオオオオオオオ」
徐々に押されていく怪異。
「これが私の……戦い方だあああああああ!!」
一気に押し返す真理。そしてついに拳を振りぬいた。怪異の腕を貫通し、光は怪異の頭部に突き刺さる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
最後はうめき声を上げながら、ついに怪異は消滅した。
──菜米町オオズボタイ事件──
○村越千遥(22)
オオズボタイの窓を開けたことにより、贄となり死亡。
○佐久間亮(27)
オオズボタイの世界に引き込まれ、贄となり死亡。
○夏野楓(19)
偶然居合わせた不知火の3級ハンター。本事件に巻き込まれ、贄となり死亡。
他34名、死亡
本事件はクラススペクターの怪異が引き起こした事件としては大規模な被害をもたらした。これは、突如として発生する事から予測が難しく、怪異警報による注意喚起が間に合わない事に起因することに留意されたい。
本事件の処理に当たっては、偶然そこに居合わせた4級ハンターの倉田真理が行ったが、倉田本人は肋骨や背骨など複数箇所を骨折する重症であったため、協会本部の医療スタッフにより緊急搬送された。
尚、ここまで満身創痍であったにもかかわらず、右腕は無傷であった事は特筆に値する。
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