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第十五話 姦姦蛇螺
とある山の立ち入り禁止区域。
踏み入っはてはいけないのには理由がある。
……そう、世の中には知らないほうがいい事もある。
「にしても無事でよかったな、真理」
ジルは真理に缶のココアを手渡しながら言った。
「全治3ヶ月が無事と言えるかどうかはさておき、自己フィールドを作り出せるほどの力をもつスペクターが現れて、生きて帰られたのは不幸中の幸い」
真理はココアを開け口をつけた。
自己フィールドと呼ばれる、力の強い怪異がもつ特殊能力。その名の通り、自分の世界を作り出しそこに人を引きずり込む。
「あれでクラススペクターってんだから驚きだよな」
「……ジルこそ、体元に戻ったじゃん」
言われたジルは、腕をブンブンと振り回す。
「ようやく魔力が戻ってきたからなぁ。すこぶる快調だ」
くねくねを直視した直後、妖魔化してしまったジル。
「咲亜はジルのこと最弱って言ってたけど、曲がりなりにも悪魔なんだね」
「……まあ、俺がわー目を閉じて考える。
「…………すいません、わかりません」
「そうか。ゆっくりでいい、わかったらまた教えてくれ」
『怪異警報。棒梯区駅前にて怪異発生。クラスレジェンド。怪異発生地域の方々は、絶対に立入禁止のフェンスの中に入らないでください。繰り返します──』
「怪異警報で駆り出されるのは初めてなんじゃないか、真理」
「うん、ちょっと緊張」
真理とジルは、立入禁止のフェンスの前に立つ。
「この中にいるんだよね」
「ああ。今は棒きれの封印で封じられてるが、こう何度も区域を変えられたら溜まったもんじゃない。奴を説得しに行くんだ」
ジルは飲み終わったジュースの缶を、持参したごみ袋にしまった。
「せ、説得って……」
「案外話がわかるやつかもしれないぜ?」
真理は、意を決してフェンスを乗り越えた。
「よし、こっちだ」
先を進むジルの、後を追う真理。
「ほら、あれだ。見てみろ」
ジルが指差す。その先には、小さな祠。
「そこに爪楊枝みたいな棒が並べられてるだろ?」
「うん」
真理はその棒に触れようとする。
「待て」
それをジルが制止。
「え?」
「それは、奴の封印だ。触るなら、一番上のやつを斜めに25°だ。それ以上は動かすな」
「……それ以上動かしたらどうなるの?」
「わからん。一つ言えるのは、それは奴と対峙して唯一生き残った者が動かした時の形って事だけだ」
「わかった」
真理はその棒を掴み、ゆっくりとずらす。
「動かした……よ」
「気をつけろ。奴は気配もなく……」
「呼んだか?」
祠の向こう側からの声に慌てて振り返る真理とジル。
「こ、こいつが……姦姦蛇螺」
「み、巫女……?」
真理は困惑する。それもそのはず、現れたのは本来であれば聖職者とも呼べる、巫女の姿をした美しい女性だった。
「その呼ばれ方はダサくて嫌いじゃ。もはや人の子とも呼べぬ妾だが、静世という立派な名があるのじゃ」
「静世……さん、名字は?」
真理が問う。
「元々は無かったが、後に神ヶ原とつけられた。あと、妾の事は『しずちゃん』でよい」
「しずちゃん……」
「うむ、よいよい。可愛らしい響きじゃ。所で、妾に用があって来たのではないのか?人の子と悪魔の子よ。名は何と申すのだ?」
真理とジルは、想像していたより余程話が通じそうな相手であることを知り、安堵のため息をつく。
「私は倉田真理といいます」
「俺はジル」
「マリちゃんに、ジルくんじゃな」
静世はこくこくとうなずきながら、先程真理が動かした棒をひょいと取り、札にメモを取る。
「あの、しず……ちゃんにお願いがあって来たのですが」
「なんじゃ?申してみよ」
「実は私達、この辺りに住んでる者なんです。それで、こうして立入禁止の区域ができてしまうと、私達としても困るので、なんとか移動して頂く事はできますでしょうか……?」
真理はそう切り込む。少し黙る静世。
「……うーむ、かわいいマリちゃんの頼みを無下に断る訳にはいかぬが、かと言って妾の住む場所がなくなるのも困る」
静世は顎に手を当て考え込んだ。
「あ、あの、もちろん変わりの土地はこちらで用意します」
「いや、妾の住める場所には条件があるのだ。そう転々と動けるものでもない」
「そ、そうですか……」
「うむ。そもそも、妾としては人の子がいようがいまいが関係無いのだが、人の子が勝手に妾の住居の周囲を立入禁止にしてしまうのだ。おかげで妾としては、遊び相手がいなくて寂しい思いをしている」
「遊び相手……」
「……そうじゃ!お主ら、怪異ハンター協会の者であろう?」
ジルが、静世の問いかけにピクッと反応する。
「ええ、まあ……はい」
「よし、それなら妾の遊び相手になれ。そしたら妾もここから退くことにしよう」
「……チッ」
ジルが舌打ちする。
「そういう事であれば……いいですよ」
「決まりじゃな」
言いながら、静世は祠の棒を全て手で払った。
「協会の者とあれば手加減は要らぬな。死ぬなよ、マリちゃん、ジルくん……!」
言いながら、静世はついに祠を破壊し、3対の腕と蛇のような下半身を顕にした。
「は……え……?」
「いいか真理、あいつにとって遊びとは呪い、つまり俺達を殺すって意味だ」
「え、えぇ……」
困惑しながらも、真理は覚悟を決め、構える。
「さあ、行くぞ!!」
静世が鈴を鳴らす。途端に、地面から木の根が生え、真理に突き刺さろうとする。真理はそれを避け、自分めがけて伸びる木の根を弾き返す。
「な、なにこれ!?」
「わからん!奴の本気……つまりあの姿は今まで誰も見た事がない!」
静世は大幣を振りながら、地面に突き立てる。その瞬間、周囲から茨が生え、真理を囲む。
「ッ!!」
茨を手で薙ぎ払う真理。掌から血が滴り落ちる。
「逃げてばかりではつまらぬぞ、マリちゃん」
静世は追い打ちをかけるように次々と植物を伸ばしていく。
「ま、まずい!」
叫ぶジル。しかし真理は冷静に、伸びる樹木を蹴り、一気に静世と距離を詰める。
「ああああああ!!」
激しく打ち合う真理と静世。
「そうじゃ!もっと来いマリちゃん!」
「はああ!!」
腕の本数が計六本ある静世の方が有利に見えたが、実際は僅かに真理が押す。静世をさらに上回るスピードで、静世のブロックを掻い潜り胸、肩、そして顔面にパンチが入る。
「ぐあっ」
一瞬の隙を見せる静世。すかさず真理は静世に蹴りを入れる。静世の下腹部にミドルキックが命中。静世は大きく後ずさる。
「……がっ、こ……これほどまでとは……」
「どう、今のは効いたんじゃない?」
汗一つかかず、得意げにする真理。
「いいぞ、楽しいぞ!!!」
さらに多くの神具を取り出す静世。
「っ!!」
構える真理。刹那、一気に周囲を取り囲む植物により身動きが取れなくなる。
「うっ……ぐ……」
「死ぬなよぉ……マリちゃん!!」
弓を引き、破魔矢を放つ静世。その矢は周囲の植物をなぎ倒し、真理に直撃する。
「ま、真理ーーー!!」
「ああ、残念じゃったなぁ……見込みがあると思ったが、マリちゃんが死んでしまうとは……」
「勝手に殺さないでよ、しずちゃん」
静世は、後ろからの声に素早く振り返る。
「遅いなぁ」
真理は手に持った破魔矢を直接、静世の胸に突き刺した。
「が、がはっ……」
口から血を吐く静世。
「どう、まだやる?」
「……完敗じゃ。手も足も出ないとは正にこの事じゃな」
真理は静世から破魔矢を抜いた。
「ジル、治してあげて」
「……はいよ」
この後、ジルは静世の傷を1分で治した。
「ジルくんは何もしてないようだったが、マリちゃんはそれはそれは強く……」
真理の強さを朝比奈に語る静世。
「な、なあ真理。これは一体……」
目を輝かせて語る目の前の怪異に困惑する朝比奈。
「マリちゃんの強さに感服したのじゃ。だから、ついていく事にした」
「……だそうです」
朝比奈は呆れるようにため息をついた。
「真理、あんた私が休んでる間にどれ程強くなったんだ?」
真理は「いや……」と照れ臭そうに俯く。
「こやつ、なかなかの素質を持っているようじゃ。人の子だが、人の子たり得ない何をな」
朝比奈はそれを、目を閉じてうんうんと頷いた。
「……?」
真理にはまだ、それを理解し得るに足らなかったようだが。
─姦姦蛇螺棒梯事件─
死者0名。
今回の事件は、立入禁止区域の拡張による経済的被害が大きかったと言える。
ただし、本協会ハンターの活躍により、直接的な被害を最小限に抑える事ができた。
これにより、各ハンターの配備担当者への評価の見直しを行うこととする。
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