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第十七話 ミギリハラサチコ
巷で流れる都市伝説「さちこさん」
いつからか、誰かしらがそう呼ぶようになったそれは、次第に大きく広まっていった。
「目があったら死ぬ」
「視界の外では瞬間移動する」
「見ている間は動かない」
その真相を知るものはいない……。
「お久しぶりです、木之さん」
真理が会釈する相手、木之結芽。
「久しぶり、真理ちゃん」
木之は、真理に手を振った。
「あの時以来ですね……」
あの時。日本ツレサリビト大災害。役2700万人もの人々が行方不明となった前代未聞の怪異災害で、二人はその怪異と直接対峙し、唯一生き延びる事ができた人間だった。
「あの時は助けてくれてありがとう」
木之は、改めて頭を下げる。
「所で今日は、一体なぜ連絡を?」
真理が問う。
「……すこし気になることがあって」
近くの喫茶店に場所を移した二人。
「その、なんというか」
木之が切り出した。
「少しずつ、真理ちゃんも石神さんに近付いていっているような気がして……」
「咲亜……私が……?」
「うん」
木之はコーヒーに砂糖を入れる。
「夢を見るの。今度は、真理ちゃんがあの怪異に立ち向かって、私を庇って死んでいく夢」
「…………」
「私には何もできる事はあまりないかもしれないけど」
木之は震える真理の手を握った。
「死なないで、真理ちゃん」
木之と手を振り別れる真理。
『死なないで』
真理は自分の中で、自分は一度死んだものとしていた節があった事を思い出していた。
『死ね』『消えろ』とは何度も言われた。
『死なないで』
思えば、真理には仲間がいた。咲亜、ジル、朝比奈先生、そして木之。
みんな一様に願っていた事。『死なないで』
すっかり忘れていた、とても大切な事。
「……ミツケタ」
耳元で囁く、凍てつくかのような禍々しい声。
「……アソボウ」
死ぬ訳にはいかない。
『怪異警報。傘薗市駅前にて怪異発生。クラスレジェンド。怪しい人物を見かけた場合、目を離さず、まばたきせず、速やかに退避して下さい。繰り返します──』
「ッ!!」
振り返る真理。何もいない。
「……カクレンボ」
「どこにいるっ!!」
あたりをキョロキョロと見回す真理。何もいない。
「……ヨクキイテ」
突如、左耳に走る激痛。
「ぐッ!!」
真理は思わず左耳を押さえる。べたりと、生ぬるい体液が手にこびりつく。
「ああああああ!!!」
少しずつ、耳が切れていく。
「……チョキン」
ぼとり、と左耳が地面に落ちる。
「な、なんだこれ……なんだこれッ!!」
左耳から伝う血が、顎から下にポタポタと垂れ落ちる。
「……ヨクミテ」
「なっ……」
すぐさま左目を押さえるが、じわじわと目に突き刺すような痛みが走る。
「あぁっ……ぎ……」
真理はついに地面にしゃがみこんでしまう。
「あああ……ああああああ!!」
「……チョキン」
左目があった場所の穴から流れ出る大量の血。
「ふー、ふー」
それでもなんとか立ち上がる真理。
「集中……やつはどこにいる……」
目を閉じて、気配を探る真理。
「……イイニオイ」
鼻から血が垂れる。
「……集中」
鼻の痛みを忘れるほどの集中力で、周囲を探る真理。
「……チョキン」
「……そこッ!!」
気配を感じた方向に飛び膝蹴りを繰り出す真理。
「……ガッ」
当たった。
後頭部を壁にぶつけ、倒れ込む怪異。それと同時に、またべたりと、真理の鼻が地面に落ちる。
「うぅ……」
千切れた鼻を押さえ、よろける真理。怪異から目は離さず、ゆっくりと近づいて行く。
「……みーつけた」
真理は、怪異の頭を踏み潰した。
─屍ヶ池ミギリハラサチコ事件─
南原千晃(45)
ミギリハラサチコに見つかり、呪いにより全身を切り刻まれ死亡。
○飯塚修也(32)
ミギリハラサチコの呪いにより、両手足を切断。出血性ショックにより死亡。
他14名、死亡
本怪異は、特に直接触れずに相手に致命傷を与える能力が特徴的であった。
現在まで確認された怪異の中でも、このように直接相手に触れずに攻撃できる能力を持つ怪異は少なく、今回の事件は今後の参考として有用なことから、本事件のファイルは「特別怪異ファイル」として保存する事とする。
また、本怪異は直接視認する事が有効な対処手段であるにもかかわらず、直接視認することが不可能な自己フィールドを展開する事が可能であった事に留意すること。
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