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第十八話 がしゃどくろ
「に、逃げるのよ……」
「嫌だ!ママ!!」
「いいから……逃げなさい……」
母親は、ついに巨大な手に掴まれる。
「あぁ……あああああ!!」
ついに、母親は巨大な者によって口に放り込まれ、その命を落とした。
『怪異警報。壁ノ内駅前にて怪異発生。クラススペクター。怪異の襲撃から速やかに退避して下さい。繰り返します──』
巨大な怪異が、待ちゆく人々に次々と襲いかかり、喰らってゆく。
「あー、今にも人間が駆逐されそうな勢いだ」
と、ジル。
『了解。やれるな、真理』
通信機越しに、朝比奈が真理を鼓舞するかのように言った。
「……はい」
真理は首を縦に降る。
『いいか、相手は一筋縄じゃない。おさらいだが、二人で囲んで私が隙を作る。そのスキに真理は頭を狙え』
「…………」
真理は目を細めて怪異の様子を伺う。
「……その、左目の件は悪かった。俺がそばにいれば……」
そう漏らすジル。
「気にしないで。鼻と耳、きれいにくっつけてくれてありがとう」
言いながらも、真理は慣れない眼帯の周辺を軽くポリポリとかく。
「じゃあ、行ってくる」
真理は腰に携えた二本の剣を抜き、怪異に向かって走り出した。
「行くぞ、真理!!」
朝比奈が先陣を切り、がしゃどくろの左足を狙う。
「おおおおおお!!」
朝比奈が振るう槌は、がしゃどくろの踵を粉砕した。
地面に倒れ込むがしゃどくろ。
「今だ、やれ!!」
真理ががしゃどくろのうなじに飛び込む。
「うああああああああ!!!」
真理は、両手に持った剣でがしゃどくろの首を切った。
「…やったか!?」
がしゃどくろは、一瞬にして動かなくなり、次第に消滅していった。
「……ふう、今回の相手は大した事なかったな」
朝比奈が額の汗を拭った。しかしその瞬間、大きな地響きが二人を襲う。
「な、なんだ!?」
二人は周囲を見渡す。その地響きの主は、すぐさま目に飛び込んできた。
「あ、あれは……!!」
見上げるほどの巨体。推定60mはあろうかという程の巨大ながしゃどくろ。
「……超大型がしゃどくろだ!!」
超大型がしゃどくろは、街に設置された対大型怪異用砦を蹴り、容易に粉砕。
「まずい、大量のがしゃどくろがなだれ込んで来るぞ!!」
超大型がしゃどくろを皮切りに、次々と現れるがしゃどくろ。
「クソッ、キリがない!!」
「まさかがしゃどくろに分裂能力があったとは……!」
がしゃどくろの大群は、その圧倒的な物量で街を破壊し、人を喰らう。
「真理!本体だ!!」
朝比奈が指を指す。
「やる!私が……!!」
胸の中で、パンッと薬莢のように弾け、キンッと地面に落ちた。
真理は目を見開く。右腕には光を滾らせ、超大型がしゃどくろに向かい駆ける。
「雑魚は私に任せろ!!」
真理を狙うがしゃどくろを、朝比奈が次々と倒していく。
「いけええええ!!!!」
真理は大きく跳躍し、超大型がしゃどくろと向き合う。
「うおおおおおおおお!!」
超大型がしゃどくろが、文字通り大木のような腕で周囲を薙ぎ払う。
それを「眩い右手」で返す真理。あまりの衝撃に、超大型がしゃどくろはくるりと180度回転する。
「な、なんだあれ……」
その衝撃の映像を目の当たりにした朝比奈は、真理を見上げて呆然とする。
「そこっ!!」
真理は超大型がしゃどくろのうなじに急接近し、その刃で首を両断した。
『怪異警報が解除されました。繰り返します──』
本体が消滅した事により、分裂していたがしゃどくろ達も一斉に消滅。街に平穏が訪れる。
それからしばらく経ったある日のこと。
「真理」
立ち去ろうとする真理を、朝比奈が引き止める。
「あ、先生」
真理は振り返り、朝比奈に駆け寄った。
「探しましたよ先生。はい、お土産」
そう言って真理は朝比奈に紙袋を渡した。
「お、ありがとう。……九ツ橋?」
「はい。任務で伏稲に行ってきたので買ってきました!」
「そうか、ありがとう」
朝比奈は紙袋を受け取った。
「で、なんか用ですか?」
「……ああ。そろそろ伝えておこうと思って」
真理は身構えた。自分に怪異の能力があると思った事はなかったが、思い当たる節はいくらでもあった。あの時、死ななかったのは。あの時力が溢れたのは。
「過去に、我々と同じ怪異ハンターの男がいた」
「……男ですか」
「ああ。その男は腕利きのガンマンで、とある怪異の討伐の為に、奴の根城へ向かった」
「昔の怪異は手強かったと聞いています」
「今の怪異が変則的なだけで、昔はもっと単純明快だったんだ。その男も、相手が苦手とする装飾をいくつか身につけていったようだ」
そう言いながら、朝比奈はスケッチブックを取り出す。
「相手は不死身の化物だ。それなりの準備をしていくのがプロってものだ」
言いながら、スケッチブックに絵を書き始める。
「その怪異が苦手とするもの。それは、太陽光、十字架、ニンニク」
「ヴァンパイアですか?」
「その通り。今でこそ、紫外線も簡単に用意できるが当時は太陽光なんて持ち込めるものじゃなかった。だから男は、十字架とニンニクを持っていった」
「まあ、そうなりますね」
「だが、奴には十字架もニンニクも効かなかった」
「……え?」
真理は首を傾げた。
「よく考えてみたらそりゃそうだ。怪異に念仏が効くと思うか?」
「確かに。怪異は殴って倒すものだと教わりましたし、実際そうしてますね」
「それは咲亜だけだろうが、要はそういう事だ。基本的には同じ怪異の力か、通じにくいとされる物理攻撃を無理やり通していかなければならない」
「じゃあ、そのハンターは?」
「もちろん、怪異を討伐した。己の最後の力【銀の弾丸】をヴァンパイアに撃ち込んでな」
「あ、なるほど」
「真理、お前の能力の分析結果が出た。お前の体には【銀の弾丸】の怪異の力が宿ってる」
─壁ノ内がしゃどくろ事件─
○山本舞(34)
がしゃどくろの分裂体に捕食され死亡。
○北村敏行(54)
がしゃどくろの分裂体に捕食され死亡。
○山本翔(9)
超大型がしゃどくろが砦を破壊した際に巻き込まれ死亡。
他43人 死亡
本怪異は古くからその存在が知られていた怪異であったが、過去のどの文献にも分裂能力については描かれていなかった事から、過去の文献に記載のあるがしゃどくろについては、全て分裂体について書かれたものであったと推測される。
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