第十九話 ケヅ人苦歩

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第十九話 ケヅ人苦歩

日々の戦いの疲れを癒やす事。 古より、戦士たちを癒やす為の様々な工夫がされてきた。 温かい湯、栄養価のある食事。 ……ある団体は、毎週金曜日にカレーを食べる風習がある。 これは、曜日感覚を失わない為だけではない。 純粋に、カレーは美味しいのだ。 『怪異速報。遠松駅にて怪異発生。クラスゴースト。この怪異が配る料理は、栄養価が高く、非常に美味である事がわかっています。福神漬けと合わせて美味しくいただきましょう。繰り返します──』 「……ケヅ人苦歩?」 真理は首を傾げる。 「そうじゃ、『けづじんくふ』と読むらしい。なんとも禍々しい名前よ」 真理にそう力説する静世。 「そんな名前聞いたことないし、資料にもなかったと思う」 「そうか……沢山の怪異を倒してきたであろうマリちゃんも知らぬか……」 静世はがっかりと肩を落とす。 「それよりしずちゃん、今回の怪異だけど……」 「ああ。今回は先生もジルくんも不在じゃ。代わりに我らで処理する他なかろう」 言いながら静世は指差す。 「……あれが怪異?」 静世が指差した先にいたのは、大きな鍋をグルグルと混ぜる、中年くらいの女性。 「こんにちは」 女性は真理にニコッと笑いかける。 「あ、こんにちは」 「鍋の中身はなんじゃろな?」 するっと、静世は鍋の中身を覗き込む。 「む、この香ばしい香りは……」 「カレーです。作りすぎてしまったので、皆様に配ろうと思って」 「食事か!?美味そうな匂いじゃ!」 言いながら、静世は皿に盛られたカレーをぺろりと平らげた。 「あっ……」 真理は、あまりにも早いそのつまみ食いに、そう声を漏らす他なかった。 「うまい!うまいぞマリちゃん!女、もっと食わせろ!!」 「まだまだ沢山ありますよ」 「ほれ、マリちゃんも貰え!」 静世からカレーを手渡される。 「あ、その……えぇ……」 「……怪異ハンターの方ですか?」 女性がそう真理に問う。 「そう……です」 「よかった。私、いつもこうして協会の方にも時折カレーを配布してるのです。毒など入っていませんから安心して召し上がって下さい」 「……」 とは言いつつも、いつもあの恐ろしい怪異たちと戦ってきた真理。怪異が配る食事など……、と警戒する。 「なんじゃ真理、せっかく貰った食事だ。食わないのは失礼に値するぞ」 「しずちゃん!で、でも……」 「……食べないのですか?」 みるみる、女性の表情が曇る。 「じゃ、じゃあ折角なので……いただきます」 真理はカレーをスプーンですくい取り、口に入れた。 「……ッ!!」 真理は衝撃のあまりスプーンを落とす。 「マリちゃん!?」 慌てて静世が駆け寄った。 ふと、ある事を思い出していた。 「私は銀の弾丸」 「放たれた弾丸は、人々の希望となり、異形の者に突き刺さる」 「私は……」 「ま、マリ……ちゃん?」 真理は崩れるように地面に両膝をつき、空を仰いだ。 「だ、大丈夫ですかハンターさん」 女性が心配そうに真理の肩に手を乗せる。 「……う…………す…………」 「マリちゃん?」 「なんなんだよ……これ……」 真理は息を漏らすかのように言う。 「うますぎんだろこのカレー」 この程よいスパイスの香りはクミンだろうか。ほのかにフルーティーな酸味も感じるリンゴが隠し味に入っているのだろう。ゴロゴロ野菜に飴色玉ねぎのやさしい甘み。横に乗せられた福神漬けは、口をさっぱりさせる効果の他に、食感の変化を楽しめるアクセントにもなっている。大人も子供も楽しめる究極のカレーがそこにはあった。 「えっ……な、泣いておるのか?」 空を仰いだまま涙を流す真理の様子に、静世は慌てふためく。 「……かかったな」 女性がニヤリと笑みを浮かべる。 「何ぃ!?」 静世が振り返ると、そこには先程の女性の姿から、異形へと変貌した怪異の姿があった。 「き、貴様は……ケヅ人苦歩!!」 「グハハハ、左様。ようやくあの窮屈な姿から開放されたわ!」 静世は慌てて真理の背中をバシバシ叩く。 「マリちゃん!しっかりしろ!!」 「ウマ……ウマ過ぎ……」 「たわけ!立ち上がるのじゃ!!」 静世は真理を無理やり起こす。 「さあ、この私を止められるかな!?」 「マズイぞマリちゃん!逃げられる!!」 「う、う〜ん……」 ようやく気が付いた真理。 「あ、あれ……、カレーは?」 「カレーはあそこじゃ!あいつ、人の姿に化けたケヅ人苦歩じゃった!!」 「な、なに……?」 「追いかけるぞ!あのカレーを独り占めできなくなる!!」 「ウソッ!急ごうしずちゃん!!」 静世と真理はケヅ人苦歩を追う。全ては、あの鍋の中身を独り占めする為。 「妾の背中に乗れしずちゃん!!」 「うん!」 静世の背中にのり、一気に距離を詰める。 「いけえええ!!!」 「うおおおお!!!」 真理は飛び上がり、ケヅ人苦歩にしがみついた。 「な、何をっ!!」 「そのカレーは私のだああああ!!!」 「……おぉ!?」 真理はケヅ人苦歩からおたまを強奪し、自分と静世の皿に盛る。 「おかわりじゃ!」 「私も!!」 「お、……おおぉ!!?」 次々と鍋の中身が減っていく。 「ふ、ふぅ……結構キツくなってきたの……」 「まだまだ……!おかわり!!」 「おおおぉぉぉ!!??」 そしてついに、鍋の中身は空になった。 「ふぅ……」 「もう満腹じゃ……、何も入らん」 お腹をパンパンに膨らませた二人は、そのまま地面に仰向けになる。 「……あぁ、鍋の中身が無くなってしまったなぁ。沢山食べてくれてありがとう」 そう言って、ケヅ人苦歩はゆっくりと消滅した。 「あぁ〜、私も食べたかった〜!!」 真理から報告を受けた朝比奈は床に両手をついて項垂れた。 「あの怪異、この協会本部には一年に1回しか現れないんだよ〜!!ちくしょー!!」 「え、そんなに来るんですか!?」 真理は驚いたように言う。 「……いつも全国を転々としてるからな。彼女も結構忙しいらしい」 「……確かに、今となってはカレー嫌いな人を探すほうが大変ですからね」 「ああ。協会本部にも年一回カレーを配る事で、我々の指揮向上や、怪異という存在の再認識にも繋がるんだがな……」 「……なるほど」 「にしてもたった二人で完食なんて聞いたことねーぞ!次からは必ず協会本部の人間を呼ぶこと。いいな!!」 「は、はい……すみませんでした」 ─遠松駅前ケヅ人苦歩のカレー配布会─ ○飯山朱莉(いいやまあかり)(26) ケヅ人苦歩のカレーを2食分食した。ケヅ人苦歩にじゃがいもが溶けない方法を聞いていた。 ○野木太郎(のぎたろう)(57) ケヅ人苦歩のカレーを2.5食分食した。ケヅ人苦歩のアドバイスを参考に、カレーのスパイスのメモを取っていた。 ○神ヶ原静世(かみがはらしずよ)(416) ケヅ人苦歩のカレーを41食分食した。協会に協力的な怪異であり、3級ハンターの倉田真理と行動を共にする。体の大きな蛇の怪異であるため、食事量は妥当であると思われる。 ○倉田真理(くらたまり)(17) ケヅ人苦歩のカレーを54.5食分食した。明らかに食べ過ぎである。 本怪異の歴史は古く、かつて馴染みのないカレーの見た目を『牛のゲロ』と評価し敬遠していた日本人達にとっては厄介で、カレーを完食しなければ凶暴化し、配布方法が強引になっていく特性から危険視されていた。しかし、現代においてはカレーは大衆的な料理であり、本怪異の作るカレーは非常に美味である事から、その高い功績を評価し、ほぼ唯一、国内で無許可での活動が認可されている怪異でもある。
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