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第二話 大禍人
「ねえ、この噂知ってる?」
「噂?」
「トイレなどの狭い密室で、おでこを壁につけて『オオマガサマ、おいでください』って3回唱えるの」
「ふうん。それで?」
「そうすると、そのオオマガサマってのに魅入られて、とり殺されちゃうんだって」
「へえ。やったの?」
「……うん、やった」
「どうなった?」
「へへ、こうなった」
『怪異警報。崎本、住宅地内にて大規模な怪異発生。クラススペクター。近隣住民の方は、怪異消滅まで、決して家の中から出ないでください。繰り返します──』
「あれ、誰もいない」
人っ子一人居なくなった住宅街を歩く若者。
「そこの方!直ちに屋内か車内に避難してください!」
パトカーの中から拡声器で声を掛ける警察官。
「え?」
振り返った時、若者は死を覚悟した。
「あっ」
「……っぶね〜」
咲亜はライフルのスライドグリップを引いた。
「はえー、やるな咲亜」
ジルはその様子を後ろから眺める。キン、と排莢された薬莢が地面に落ちた。
「今時ポンプアクションのライフルなんて見たことも触った事も無かったが案外なんとかなるもんだな」
若者はヘナヘナと腰を抜かしたように地面に座り込む。警察官は咲亜に向けて片手を上げながら、若者を保護した。
それを見た咲亜は再びライフルを構える。
「薬莢の反射すら危ないからな。絶対に後ろを見るなよ咲亜」
「そう言われたから見てねえけど、なんだあれ」
言いながらもう一発。
「今回の怪異は『大禍人』。誰かが特殊な呪文を詠唱した時、半径3キロ圏内の空間に作用する怪異だ」
ジルは咲亜の後ろから語り始める。
「空間?でもさっきから撃ってるあいつらは?」
外を歩く人々の真後ろにいる体長2m程の女。常に顔面を人々の後頭部に貼り付けるように移動するためその顔は見えない。
「あれは大禍人になっちまった元人間だ。あいつの顔を見たらお前もああなる」
「ほう、じゃあ今私の後ろにもあれがいるんだな」
言いながら一発。
「ああ、バッチリいるな。だがこいつらは所詮コピー。本体は必ずどこかにいるはずだ」
「ふうん。もともと失踪した崎本私立高校の生徒は5人って聞いたけど?」
もう一発撃ち、咲亜は再びライフルに弾を込める。
「その他被害者は3人だ。全員どこかに固まってスマホを見てるはずだ」
「スマホ?」
「ああ。便利な世の中だ。昔は大禍人も気球で飛んでたが、今はスマホの衛星写真がありゃ事足りるんだ」
「そっか、そんで上から見てやがるってわけだな」
咲亜はふうっと息を吐く。
立ち上がり、おもむろに振り返ると、後ろにいた長身の女の顔面を手で覆うように掴んだ。
「な、教えてくれんだろ?」
「……はぁ、やると思った」
ジルは呆れ、女は抵抗する。
「教えてくれたら楽に死なせてやるよ。なあジル」
ジルはやれやれと立ち上がり、女に囁くように
「……まあな。言っとくがこいつは目を閉じてても動けるし、常に苦しい拷問の方法を考えてるような変態だ。言動には気をつけたほうがいい」
と言った。
「案外あっさりだったな」
「所詮ゲーム感覚なんだろ」
大禍人の潜伏する倉庫にたどり着いた咲亜は、その場にいた8人の大禍人本体を無力化した後、返り血を浴びたシャツを大禍人に向かって脱ぎ捨てた。
「自分の身に危険が生じないうちは調子に乗りまくってやがるが、いざ危ないと感じるとすぐにこれだ」
咲亜は最後の生き残りとなった大禍人に近付き、眉間をライフルで撃ち抜いた。
「所詮、クラススペクターの雑魚だ。本質は匿名で人を傷付け殺す人間となにも変わらん」
ジルは吐き捨てるように言った。
「よく言うよな。あんたゴースト以下のクセに」
咲亜は大禍人達の死体を窓の外に向かって投げ捨てながら言った。
「レジェンドだ。勘違いするな」
「人一人すら殺せないレジェンド?笑わせるなよ」
「お前がイカれてるだけなんだよ」
咲亜はジルの頭を引っぱたいた。
「あんただって、そうやって人を傷付くような事言ってんじゃねえかって話だよ」
「……悪かったって」
──崎本私立高校大禍人事件──
○石田美百合(16)
○濱田潤(16)
○金田辰也(16)
○五十嵐紗弓(16)
○佐藤太一(16)
○市川隆法(54)
○三田彩(34)
○デイビッド・グリーン(28)
以上8名、大禍人化後にハンターの銃器により死亡。
今回の処理に当たったハンターは、緊急時とはいえ民間人や警察官に向けて引き金を引いた。
これに対し崎本市長の宮谷卓は、「卑劣な蛮行であり、大変遺憾」とハンターに意義を申し立てた。
当該ハンターはこれに対し「ワンチャン生きるかもしれねえ方を選んだだけだ。ほっときゃどっちにしろ死んでたんだから」と反論した。
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