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第二十一話 八尺様
「ぽぽぽ……」
「ぽぽぽ……」
どこにいても、どこからか声が聞こえてくる。
男はじっとうずくまり、来る終焉の刻を待つ。
「逃げ切れない……あぁ、神様」
「あの、1つ聞きたいんですけど」
「どうした、真理」
朝比奈は、部屋の四隅に置かれた塩を盛りながら聞き返す。
「私の力、【銀の弾丸】って、具体的にはどんな力なんですか?」
真理は右手を光らせながら言った。
「……銀には、この世の不浄や魔の類を退ける力があると言われているんだ」
「不浄?」
真理は首をかしげる。
「そう。そもそも、銀に殺菌効果があるのは知ってるな?」
「……ああ、スプレーとかありますね」
「そう。大昔の人達は、そもそも菌なんて認識してない。それらすべてをひっくるめて『瘴気』として、これを払うものとして扱っていたのが銀だ」
「なるほど」
朝比奈は続ける。
「んで、この瘴気ってのはどこから来るのか。これがまさに、不浄や魔の類、つまり現代で言うところの怪異ってわけだ」
「……」
塩の形を整え、朝比奈は立ち上がる。
「いわば、全ての怪異に対抗するための、人類にとっての特効薬。気張れよ、真理。今回の作戦は、実際に討伐を行う真理が要だ」
真理は、声にならない声で答えた。
「何があっても、この部屋から出ないで」
真理は男の子にそう伝えた。
「何があっても……?」
「そう。大雨が降っても、嵐が来ても、地震があっても、お母さんが来ても。私が呼んでも、絶対に部屋から出ちゃダメ」
「……」
「私が来るまで待っててね。いい?」
「うん」
「ごめんね、怖い思いさせて。私が必ず倒すから」
そう言って真理は部屋を出た。
「……あとは待つだけだな」
静世は真理にアイスを手渡しながら言った。
「ありがとう。しずちゃん、今回の怪異って……」
真理はアイスを袋から取り出した。
「ああ。奴は妾と同じ、神格化された怪異の1種。人を巧みに騙す知能、大きな体、妖力。どれを取っても1級の化物じゃ」
「……じゃ、私の相手じゃないね」
真理は笑いながら言った。
「マリちゃん、お主最近変わったな」
「……?」
真理は首をかしげた。
「なんだ、その……、少し怖い」
静世は不安そうな顔で言う。
「怖い?私が……?」
「おそらく力の影響でもあるんだろうが、マリちゃん自身、強くなりすぎている気がするのじゃ」
そう言いながら、静世は真理の手を握る。
「……妾からお願いがある。どうか、絶対に自分を見失わないで欲しい」
「何言って……」
「お主はなぜ怪異を狩る?お主はなぜ戦う?お主は……、誰の為に生きている?」
「……」
真理は少し俯いて考えた。
「私は……」
「無理に答えなくてよい。私は、色んな事に迷って、色んな壁にぶちあたって、その度に色んな事を乗り越えて、笑ってる。そんなマリちゃんが好きじゃ」
「……ありがとう、しずちゃん」
真理は静世の手を強く握り返した。
「来たぞ」
静世がポツリと呟いた。静世が指差す方向。そこには、白いワンピースを着た女が立っていた。
「……あのー、すみません。このあたりに、たけると言う名前の男の子はいませんか?」
白い女は、そう真理に問う。
「たけるくんは、私の後ろの家にいます」
「……どうもありがとう」
女は頭を下げながら通り過ぎようとした。
「待って。……私がなんでここにいるかわかる?」
真理は女に投げかける。一瞬の硬直の後、女の目つきが変わる。
「……お前」
「あなたを討伐します」
白い女は一瞬で距離を取る。
「……」
白い女が戦闘態勢に入る。
「ぽ」
瞬時に距離を詰める女。
「……ッ!!」
歯を食いしばる真理。
起こされた撃鉄が、閉ざされたジャケットをノックした。
すれ違う両者。
それは、一瞬の出来事であった。
「ぽ………ぽ……」
女は地面に倒れ込んだ。頭部の3割程を失った白い女は、しばらく痙攣した後動かなくなった。
「はい、終わり。さ、しずちゃん。たけるくんの所に行こう」
少しの沈黙の後、静世は小さくため息をつく。
「……そうじゃな。あの子も怖がっている事だろう」
静世は、強張った笑みを真理に見せた。
「たけるくん、お疲れ様」
真理は、男の子を怖がらせないよう、ゆっくりと慎重に扉を開けた。
──紫松八尺様事件──
今回被害者数0名。
本事件は、過去に幾度となく被害者を出して来た怪異の本討伐に向かったハンターにより処理された。
本事件を引き起こす怪異である八尺様は、かねてより恐るべき存在として地元住民達には認知されていた怪異であり、特筆すべき驚異的な能力を多数持った怪異であった。
であるにもかかわらず、本事件を難なく処理した当該ハンターは、最近の研究結果において【銀の弾丸】の力を持つ事が判明した。
引き続き経過観察を行い、必要であれば然るべき処理を行うものとする。
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