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第二十二話 ヤマノケ
山は、美しい。
人々は雄大な景色を山に求めた。
山は、恐ろしい。
時として山は大自然の恐ろしさを人に知らしめた。
「テンソウメツ……」
山は、恐ろしい。
「……なぜマリちゃんがおらぬのじゃ」
静世は頬を膨らませて腕を組んだ。
「真理は今、本格的な怪異の能力について検査を兼ねて、別の任務に向かっている所だ」
朝比奈は、少し気まずそうにそう説明した。
二人は、朝比奈の運転する車に乗り、山道を走っていた。
「代わりに真理からポケ祠を預かってる。いざとなったらこの中に隠れろ」
「たわけが。お主はマリちゃんより全然弱いではないか。妾の協力無しにどうやって怪異と戦うつもりなのじゃ?」
静世はニヤリと笑った。
「……私だって特1級ハンターだぞ。舐めんなよ、このザコ怪異風情が」
朝比奈は眉をひそめた。
「おー、怖い怖い。じゃ、妾はこのとろけるぷりんとやらをいただくとするかの」
「あ!そ、それ私が買ったんだぞ!」
「また買えばよいではないか。妾はこんびにで握り飯を買う事すら許されぬのだぞ」
いくら怪異ハンター協会所属の怪異とはいえ、怪異は怪異だ。確かに、権利などあってないようなものである。
「……そうか、悪かったな」
朝比奈は少し反省した。
「そうじゃそうじゃ。マリちゃんから毎月貰う三万のお小遣いだけじゃ全然足りぬわ」
月三万。
「……月三万貰ってんじゃねえか!やっぱ返せ!」
「すまん、もう食ってしまった」
静世は空の容器を見せる。
「……はぁ、少し反省した私の気持ちを返せよ、もう」
「はて」
「さて、ついたぞ」
車を止め、運転席に乗ったままあたりを見回す朝比奈。
「ここに奴がおるのか?」
「……ああ」
静世は朝比奈に合わせるようにあたりを見回す。
「今回の相手、ヤマノケと言ったな」
「ああ。肉体を持つ者の【中に入る】力を持つ。油断するなよ、神ヶ原」
「言われなくても知っておるわ。先生こそ気をつけろ。妾は入られる事もないが、先生は違う」
朝比奈は、拳を握りしめる。
「来た」
「テンソウメツ」
「ビビってないで出てきたらどうじゃ、ヤマノケよ」
声だけ聞こえるヤマノケを挑発する静世。
「お前は昔から雑魚じゃったな。ほれ、そのアホ面を見せてみよ。なあ、先生」
静世は、朝比奈の方を見た。
「ハイレタ、ハイレタ」
朝比奈は、そう言って笑った。
「いくら何でも早すぎじゃ、先生」
静世は朝比奈の胸に手を当てる。
「はあ、世話が焼ける」
言いながら、静世は黄昏の香木をすり合わせ、それを鉢に入れて炊いた。
「……誘え……朝比奈愛衣……妾を……深層へ……」
朝比奈の【中に入る】静世。
「久しぶりじゃのう、ヤマノケよ」
ヤマノケは、その声にギョッとした様子で振り返る。
「ふふふ、そんなに驚かなくてもよい。貴様の雑魚技など妾でも簡単に真似できる」
言いながら、静世は指をポキポキと鳴らした。
「昔から、この女の体を得る前から貴様のその面が気に食わなかった。久々に暴れてやろうかのう?」
「……クソ蛇が。またあの頃みたいにぶっ殺してやるよ」
ヤマノケは、朝比奈の姿に変身した。
「よい心がけじゃ。ぶっ殺されるのは貴様の方じゃが」
ヤマノケが、一気に静世に距離を詰める。
「ふんっ!!」
手から具現化した金棒を、静世に振り下ろすヤマノケ。
「おー、すごいアホ面じゃの」
それを、眉間で受ける静世。
「バーカ、効かぬわ」
静世の眉間から赤い血が垂れる。
「……チッ」
後ろに下がり距離を取ろうとするヤマノケ。しかし、背後から生えてきた巨木に背中をぶつける。
「逃げられると思うなよ」
巨木の根本から蔦が即座に生え、ヤマノケを巻き込んで巨木をびっしりと覆う。
「クソッ!なんだこれ……!!」
「神の力よ。お主がのうのうと【中に入る】事に縋ってきた間に得た力じゃ」
「か、神の……力……だと!?」
ヤマノケはもがくが、頑丈な蔦はそう簡単には切れない。
「ククク、滑稽じゃのう、ヤマノケよ」
静世が手をかざすと、巨木の鋭い根が周囲から伸び、ヤマノケの方を向いた。
「その通りじゃ。妾は貴様のような雑魚をボッコボコにする為に、ひたすら努力し続けたのじゃ」
巨木の根が、一斉にヤマノケへ突き刺さる。
「ガッ!!」
全身を根に貫かれたヤマノケ。
「そうして神格化した妾にとって、貴様など取るに足らんのじゃよ」
全身を貫いた根が、さらにヤマノケを取り囲み、締め付ける。
「ぐあああアアア!!!」
苦しみのあまり叫び声を上げるヤマノケ。
「苦しいか?苦しいじゃろ?」
「あああああああ!!!」
さらにその根から無数の棘が生え、ヤマノケを苦しめる。
「……こ、殺せ……こ、殺して……」
「たわけが。生きる希望を失ったらそれまでじゃ」
ヤマノケの体内に入り込んだ棘が、体内でさらに激しく無数の棘を生やす。
「……ま、どちらにせよ殺すが」
その後、静世がヤマノケに破魔矢で止めを刺したのは、ヤマノケが静世に自死の祈願をしてから3時間後の事であった。
──室唐沢ヤマノケ事件──
○伊里島美里(7)
ヤマノケに入られ、消息を絶つ。後日、室唐港にて遺体が漂流。
3級ハンターの倉田真理と行動を共にする神ヶ原静世、及びジル=デビルを分断させ、倉田真理の【銀の弾丸】の能力を検査するために行った本事件の処理であったが、神ヶ原静世の能力が協会の推定を上回ったいた事が判明した。
神ヶ原静世が倉田真理に与える影響は少なからずあるものと想定し、引き続き調査を行うものとする。
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