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第二十三話 ブギーマン
誰もが抱えうる、刻まれし恐怖。
これを、とある分野では「トラウマ」と呼称し、学でもって解決の糸口を探す。
……果たして、ペンはこの恐怖に打ち勝てるのだろうか。
「久しぶりのアメリカはどう?」
そう聞くのは、人事部の松永康介。
「随分と変わっちまったな」
そう答えるのは、悪魔のジル=デビル。
「でもこの店のホットドッグは変わらない。だろ?」
聞きながら、ホットドッグを差し出す松永。
「……まあな」
ジルはホットドッグを受け取った。
「今回の調査は、海外の怪異『ブギーマン』だ」
「なるほど。奴が……」
言いながらジルは俯いた。
「……知ってるの?」
「アメリカじゃ有名な御伽噺だ。子供を黙らせる為のな」
「よう」
ジルが声をかける。
「……久しいな、ジル」
振り返った怪異は、ジルの顔を覗き込む。
「変わらぬな」
「……は、はは」
ジルが引きつった笑いを見せる。
「して、その者は?」
「僕はジルの友達の松永だ。どうやらここにすごいファントムがいると聞いてね」
「そうか」
怪異は、松永を見る。
「……そのバッヂは?」
「ああ、これはね。僕は日本の弁護士なんだ」
眉間にシワを寄せ、ジルに迫る怪異。
「こいつ、ハンターか。私を殺しに来たというのか?この私を?」
「……」
ジルは俯いた。
「うーん、僕も嘘が下手くそになったなぁ」
言いながら、義手である左手の裾を捲る松永。
「じゃ、やるしかないね」
「そうか。面白いじゃないか」
松永が義手の小指を立てる。
「やろうか」
松永が、右手で義手の小指を外すと、外した小指が姿を変え、小さな刃物を形成。
「お前の恐怖は何だ?」
松永の深層心理に入り込む怪異。
「松永!こいつは心理型だ!気をつけろ!!」
ジルが叫ぶ。
「言うのが遅い」
怪異が、松永の潜在的な恐怖に触れ、その姿を変える。
「こ、この姿は……」
「やられたね……」
ライオンの様な頭、筋骨隆々の体。その僅かな特徴から、女性の体であることがわかる、その姿。
「ククク、なるほど。お前のトラウマはセクメト神か……!いいぞ、力が漲ってくる……!」
「セクメト!?松永お前……」
ジルは、松永と怪異を交互に見る。
「現役の頃に少しね……」
そう言いながら、松永は左腕をギュッと握る。
「ジル、ブギーマンはあれを使いこなせるってこと?」
松永が問う。
「そのままだと思え!」
「……負けるかも」
松永の額に冷や汗が垂れる。
怪異が拳を振りぬく。松永はこれをスレスレで躱すが、そのあまりの速度に空気を裂き、松永の頬を切る。
「……ッ!!」
「オオオオ!!」
松永のいた場所を踏みつける怪異。これもなんとか躱すが、飛び散ったコンクリート片に吹き飛ばされる。
「松永!!」
「……当たったらただじゃ済まないね」
松永の顔から笑顔が消える。
「凄まじいパワーだ……!素晴らしい!!」
怪異は、セクメトの溢れんばかりの力を思う存分振りかざす。
「……こんな小さな得物じゃ無理か」
言いながら、松永はナイフを捨てる。
「……コイツで」
左手の義手を全て外す。義手は、その形を変え、全身を纏う鎧へと姿を変えた。その鎧の左手には、クレイモアが握られる。
「死ね、ハンター!!」
今一度、怪異は拳を振りかぶる。
「閃」
一瞬の出来事であった。松永は、この怪異の攻撃をすり抜け、クレイモアは怪異の頭部を捉える。
……が。
「け、剣が……!!」
ジルが愕然とする。厚く硬い筋肉の壁にクレイモアは打ち勝てず、真ん中から真っ二つに折れてしまったのだ。
「……僕の完敗だ」
怪異の拳は、松永の胴を正面から貫く。勢い余って吹き飛ばされた松永は、コンクリートの壁にヒビを入れながら突き刺さる。
「……ククク、終わりだな」
怪異は、ゆっくりと元の姿に戻っていく。松永の深層心理にある恐怖が、意識と共に消えた証だ。
「残りは貴様だ、ジル」
ブギーマン。
相手の根源にある恐怖に漬け込み、その姿を変える。
相手の恐怖が強ければ強いほど、その姿を強大にする力は、根本的な恐怖を消すことが不可能な全ての者に対して絶大な威力を発揮する。
当然、相手が怪異であろうと悪魔であろうと、それが知的な存在であればまず勝てない。
どんなに屈強な戦士でも、上には上がいて、それはその者にとって恐ろしい。
では、ジルはどうか……。
「……なgkpdtこcedc5u」
自身の姿を保てない怪異。
「な、なんだこれ……?」
ジルも、何が起きているのかわからない。
答えはジルの経験にあった。
怪異とは何か。
宇宙とは何か。
この世界は、何なのか。
そういった概念すら超越する者。
怪異の根源は、そこに存在するものである。
クラスコンセプトと呼ばれる怪異は、まさにそれである。
クラスコンセプトの怪異は、時折時間に例えられる事がある。
当たり前のように流れる時間こそが、クラスコンセプトの怪異なのだ、と。
ジルはそれを経験していた。
「jh'mmmijあめat0wmmm!!!!」
「……」
次第に、ブギーマンは動かなくなる。
「し、死んだか?」
やがて、概念の一部となり消え去っていった。
「立てるか、松永」
「悪いね……」
「無茶するからだ」
ジルは松永の手を引いて立ち上がらせる。
「正直、あれしか勝ち目が無いと思った。一種の掛けだ」
「俺が一番焦ったんだぞ。あのまま負荷に耐えられたら……」
「まあ、九割九分勝てると思ってはいた。ほぼ不可能に近いだろうね。ここはクジラが空飛ぶ世界じゃないんだから」
「……まあ、それもそうだな」
「あぁ、また義手の申請をしないとなぁ」
そう言って、松永は壊れた義手を投げ捨てた。
──ブギーマン調査報告書──
精神に入り込むタイプの怪異の中では特徴的な、物理的干渉が有効な怪異であった。
この怪異は対峙する相手の深層心理にある恐怖(トラウマ)を具現化し、その力で相手を圧倒する。
この変化にはキャパシティのようなものが存在し、これを超えると負荷に耐えられずに自滅する事が判明した。
しかし、古代神クラスの怪異の力でさえ操る事が可能な為、有効な手段とは言い難い。
さらなる対策が必要な怪異である。
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