15人が本棚に入れています
本棚に追加
第二十四話 天照大御神
その神は、闇を払い、人々を照らし、豊穣を与えたという。
その神は、多くの子を持ち、人々に恵みを与えたという。
……その神は、わりと引き篭もりがちであったという。
真理はため息をつきながら、大岩をコンコンとノックする。
「あ、あの〜……」
返事はない。
「そろそろ出てきてくれませんか〜?」
「嫌」
嫌で始まる会話ほど嫌なものはないだろう。
「あ、あのですね。アマテラスさんにそろそろ出て来ていただかないと、我々もう寒くて寒くて……」
「嫌だと言ったら嫌なの」
事の発端は、少し遡る。
『怪異警報。日本全土にて怪異発生。クラスゴッド。国民の方々は、防寒対策を整えた上で天照大御神を称え、踊りを捧げると共に、毎年の伊勢参りの徹底をお願いします。繰り返します──』
「……う〜、寒ッ!」
肩を抱き、身を震わせる真理。
「気温12度だって。まだ9月なのにね」
真理は無線機に向かって独り言の様に喋る。
『……』
反応はない。
「……もう、なんで私一人なの!?」
あまりの寒さに声を荒らげる真理。
『あなたは、普段よりクラスレジェンドという高いクラスの怪異と友好関係にある貴重なハンターです。その為、今回の任務が割り当てられました。あなたの任務は、クラスゴッドの怪異、天照大御神を説得し、岩から出て来させる事です』
「……急に喋ったと思ったらこれかぁ」
『……』
真理は頭をボリボリとかいた。
「いつもさ、あなたの声を聞いてたわけよ。私は。キレイな声だなーとか、絶対噛まないよなこの人とか、色々思いながらね。今回初めて喋れるって思ってワクワクしてたんだけどなー。お喋りしたいなー」
『……何の用ですか』
「お、チョロいな」
初めて成立した会話に、思わず本音が漏れる真理。
『……』
「私は倉田真理。あなたは?」
『……MX-01Ⅱです』
聞き慣れない名前。
「え、何て?」
『知らなかったんですか?この音声は、自動音声AI「MX-01Ⅱ」によって生成された音声です。つまり、この音声そのものがMX-01Ⅱの音声と言えます』
真理は驚いて立ち止まる。
「え!?そ、そうだったんだ……。てっきり人の声だと思ってた……」
『嘘です』
「クソが」
真理は恥ずかしさを小石にぶつけて蹴飛ばした。
『藤田綾香と言います』
「あっ……」
『改めて、本日の任務よろしくお願いします。倉田さん』
「……お願いします、藤田さん」
なんやかんやあって、時は戻る。
「うぅ、そんな事言わずになんとか……」
『倉田さん』
藤田から通信が入る。
「藤田さん!た、助けてぇ〜……」
『まずは、何で出て来てくれないのか、その理由を聞いてみましょう』
藤田の助言。確かに原因がわからなければ、説得のしようもない。
「あ、あの〜、アマテラスさん、なんで出て来てくれないんですか……?」
「……あんたには関係ない」
「で、でも!もしかしたら私も何か手伝えるかも……!」
「あんた如きに何ができるの?」
「……」
固まる真理。もともと会話が苦手だった真理。こういう時に考え込んでしまう。
『倉田さん、あなたハンターでしょ?試されてるんですよ。今まで倒してきた怪異の中で、特に印象的だったのは何ですか?』
「あ、そっか……」
真理は思い出す。咲亜との修行の日々。一人で戦ってきた怪異たち。
「……つい最近倒した怪異『セクメト』は、それはそれは強くて……」
「……セクメト」
「あ、はい!ここ最近の情勢の影響か、この日本に現れてしまったんです。とんでもない筋力を持っていて、片手でタンクローリーをぶん投げて来た時は流石に焦りましたね。あんなのぶつけられたら、まる焦げのぺちゃんこですよ」
「それで、どうなったの?」
「はい。キックで跳ね返しました!」
「……は?」
「タンクローリー程の重量となると少し大変ですが、でもきちんと計算して力点を抑えれば、非力な私でも跳ね返せますよ!」
「すごい……」
「でも、セクメトはぺちゃんこにもまる焦げにもなりませんでした。それどころか、つやつやしたまま炎の中から現れたんです!」
「え、効かなかったって事……?」
「はい。残念ながら、彼女の筋肉の壁は相当に固く厚く、その程度の衝撃は跳ね返してしまうんです。怒った彼女は、私を滅ぼそうと苛烈な攻撃を仕掛けてきました」
「えっ……」
「ボッコボコですよ。ボッコボコ。あの筋肉ダルマ、あの見た目であんなに速いとは思いませんでした。もうね、ガードや回避も精一杯で、一発重いの貰っちゃって……」
「だ、大丈夫なの……?」
「下腹部の臓器が全部ダメになりました」
「……」
「でも、そのままやられっぱなしという訳にもいきません。なんとか持ち直し、応戦します」
「……」
「正直かなりマズかったです。もう一発貰えば間違いなく私の命はありませんでしたし、何よりセクメトは滅亡の権化。野放しにしたら間違いなく人類は大打撃を受けます」
「当たり前よ。セクメトは、私と同じ太陽神のラーが人類を滅ぼす為に、片目から産み落とした存在なんだから!危なすぎる!」
「そうです!こうなったら、私もいよいよ本気を出すしかありません。例え自分を犠牲にしてでも、あの女神を止めなくてはならない、と」
「で、どうしたの!?」
「セクメトの一瞬の隙をつき、彼女の顔面を私の拳が捉えました」
「ッ!!」
「…………暫く、セクメトはもがいていました。最後に、『……私は、人の子を滅ぼそうとしたつもりだった。だが、結果として人の子を守っていたと気付いた。遅かった』と訳のわからない事を呟いて絶命しました」
話し終わると、突然大岩が動き出し、アマテラスが姿を現した。突然のことに驚いた真理は少し固まる。
「あ」
『で、出てきましたね……』
アマテラスは、真理の顔を覗き込む。
「あんた、何者なの?」
「……あ、怪異ハンターの倉田真理と申します!」
アマテラスは目を細め、真理の顔を凝視する。そして、暫く考えた後に、離れてゆっくりと喋り出す。
「……頼むわ、倉田さん。できる事なら考え直して欲しいけど、きっと貴方は間違ってないんだなって思う。だから、私ができる事は何でも協力する」
「????」
真理は首を傾げ、困惑する。その様子を見て、アマテラスはホッとしたような、悲しんだような、そんな顔をした。
「ううん、そのままでいい。……これだけ覚えておいて。私は、何があっても貴方の味方よ」
「あっち〜」
ダウンジャケットを脱ぎながら、真理は呟いた。
「お疲れ様でした、倉田さん」
「藤田さんもお疲れ様」
藤田は少しそわそわして、真理を見た。
「あの、倉田さん。さっきアマテラスさんから受け取ったのは?」
「あ、これこれ、髪飾りだった。結構かわいいかも」
言いながら、真理はその髪飾りを指差した。
「あ、ホントだ。かわいい」
「ね。私気に入っちゃった。あとこれ、アマテラスさんが藤田さんにって」
「え、私に?」
藤田は真理からアマテラスのプレゼントを受け取る。
「……これは、干し芋?」
「そう。岩の中で干してたらいい感じになったから藤田さんにもどうぞって」
早速一つ取り出して口に入れる藤田。
「うわぁ、ほんとに美味しい」
藤田も思わず微笑む。
その後、二人は口がパッサパサになった。
──天照大御神引き篭もり事件──
○鈴木貫一郎(94)
急激な寒暖差により、入浴時のヒートショックを発症。溺死した。
今回の事件は、天照大御神が史上2度目の引き篭もりをした事による急激な気温低下が招いた2次災害が圧倒的に多かった。
人的被害は少ないが、寒暖差による建造物の急激な劣化、作物への影響などを考慮すると、その被害は計り知れない。
今回処理に当たったハンターの説得により、それでも異常気象レベルの被害に抑えられた事から、本事件は怪異事件のうち最重要インシデントに値しないものとする。
最初のコメントを投稿しよう!