15人が本棚に入れています
本棚に追加
第二十五話 石神咲亜
「久しぶりだな、真理」
「咲亜」
真理は呆然と立ち尽くす。
「お前……ホントに咲亜なのか……?」
ジルは、咲亜から溢れ出る殺気を疑いつつ、咲亜に問いかける。
「なんなんじゃあの女は……人間か?」
静世は、初めて見るその異様な姿に驚きを隠せない。
「悪いな、真理。どうしてもお前を殺さなくちゃいけなくなった」
「どういうことだ石神咲亜、説明しろ」
朝比奈は、真理を庇いながら咲亜に問う。
「……本部の奴らも気付いてないか」
咲亜はため息をついた。
「ツレサリビト。覚えてるよな?」
真理はゴクリとつばを飲む。
「あいつが出てからこの世界は変わっちまった。お前達は認識できていないだろうが、多くの人々が消失しただけではない。富士山は空からそびえ立つし、東京タワーの半分は地下に建設された。日本で一番小さな県は千葉県だし、キリンは鼻の長い動物になった」
朝比奈と真理は目を見合わせ首を傾げる。
「何言ってんだ咲亜。そんなの当たり前の事じゃ……、いや、違うんだな……?」
咲亜はひと呼吸置いてから話を続ける。
「……教えてやる。宇宙は空の上にあるものだし、海は青い。キリンの長いのは鼻じゃなくて首だし、富士山の標高は3776mだ」
「……な、何を言ってるの?おかしくなっちゃったの、咲亜?」
真理は咲亜にそう問いかける。
「おかしくなったのはお前らだ。……もっとも、お前らからしたらそれが常識なんだろうが」
そう。日本最高峰、富士山の標高は、-14566mのはずだ。宇宙はマントルの内部に存在し、日本で一番小さな県は千葉県、大きな県は山形県だ。これは、ほとんどの人々にとって常識であり、揺らぐことの無い認識のはずだった。
「……まあいい。とにかく私はこのクソ世の中を修正する為に、たった一人であいつと戦い続けてきた。が、ついに奴を止める事ができなかったんだ」
「それでは、咲亜が生きている事そのものに違和感があるが」
朝比奈が問う。
「私だってただアホみてえに殴り続けてたわけじゃねえ。それなりに力も付けた。力ずくで運命を捻じ曲げ、事象を歪めた。そこまでしても、そんな私でさえ倒せない相手だ。じゃあどうすれば止められる?」
咲亜は拳を握りしめる。
「……こうしてる間にも、世界はヤツのものになりつつある。強力な怪異がここんところ増えてきてるのも、それが原因だ」
「咲亜……」
真理は、咲亜の言葉を聞いて、目尻に涙を貯める。
「答えは簡単だった。真理、お前ともう一人、木之結芽を殺せばいい。それだけで、奴は止められる」
「どういうことだ。なぜ木之結芽が出てくる?」
朝比奈は再び問う。
「簡単な事だ。奴はそれを持って世界を粛清したと捉えるからだ。あの時、ツレサリビトが現れたときだ。本来であれば真理、そして木之結芽はヤツの領域に入った時点で死ぬべきだった。それなのに、今こうして生きている。だから、奴は止められない。逆に言えば、それを成すまでは他の方法で世界を変え続け、なんとしてもお前達を殺そうとするはずだ」
咲亜は、言いながら拳を構え、続ける。
「だからな、真理」
「さ、咲亜ぁ……」
真理は恐怖から膝を震えさせ始める。
「まずはお前から死んでくれ」
『怪異警報。怪異ハンター協会本部にて怪異発生。クラスコンセプト。職員は来客、来賓の避難誘導を最優先し、マニュアルに従い避難して下さい。繰り返します──』
咲亜は、ツレサリビトのそれと同じように絶と冥に昇を捧げた。
瞬間、咲亜の自己フィールドに飲み込まれる真理。
「さあ、これで二人っきりだな真理!!」
「嫌だよッ……こんなの……!」
「黙れ!お前の命は私のものだって、最初に行ったはずだろ!?」
咲亜はさらに自己フィールドに歌を乗せ、扇を穿つ。
「うグッ……ああぁっ!!」
咲亜に飲まれそうになる真理。右腕に光を滾らせ、なんとか咲亜の自己フィールドの影響を相殺する。
「ククク、さすがだな真理。生半可なハンターなら即死するはずだが、お前は相殺し切れると」
しかし、死なぬように持ちこたえるので精一杯な真理。
「さあ、本気を出せ。私はマジで殺しに行くからな」
真理は頬の涙を拭うと、全身の光を一気に広げた。
「やるしかない……!」
「そうこなくちゃな!!」
銀の光と、冥がぶつかり合った。
「おおおおおおおおお!!!」
互いに拳をぶつけ合った二人。
たった一瞬の出来事の様にも、永遠のような長い時にも感じるような打ち合い。
真理と咲亜は、同時に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
すぐに立ち上がる咲亜。
「……はぁ、やっぱ強くなりすぎたな、真理」
「ぐっ……さ、咲亜」
両足の腱を全て切り、両腕の骨は粉砕し、満身創痍であるにもかかわらず、平然と立つ咲亜に、這いつくばりながらもじりじりと近づく真理。
「……ふぅ、私が怪異ハンターになった理由、話した事……無かったな」
咲亜はゆっくりと首を上げる。
「……私が小さな頃、私のお母さんが死んだ。生物学的に私の父親である男の逆恨みだ。DVに耐えられなかった母親は逃げ出したが、駅のホームで奴に見つかった。線路に向かって突き飛ばされたお母さんは、私の目の前で粉々になった」
咲亜はすこしフラフラしながら、話を続ける。
「私はあのクソ野郎に連れ去られた。クソ野郎の家で、それでも私は生きるしかなかった。何度蹴られたかわからない。何度殴られたかわからない。何度骨が折れ、何度犯され、何度殺されかけたかわからない」
「……」
咲亜は、さらに両手を広げ、絶と冥を広げる。
「ここからは私怨みたいなもんだ。私は、そんなクソ運命を私に押し付けてきたクソ怪異をぶっ殺す。その為にここにいる」
言いながら、咲亜は再び構える。
「そのためにも、お前には死んでもらわなきゃ困るんだよ!!」
咲亜の全身を、概念的な札が包み込む。咲亜の体に起こっていた事象は全てリセットされ、さらに力を付けていく。
再び、咲亜は力を込め、此度は冥と緋に古今を構築した。
「私のガチの本気、見せてやんよ」
真理はなんとか立ち上がる。
「……絶対に止めてみせる。私が、私の力で!!」
腕からはみ出した骨を引き抜き、光の聖剣を作り出す真理。
「うおおおおおおお!!!」
互いの本気の力がぶつかり合う。
命をかけた、誇りと運命をかけた戦い。
両者とも、一瞬たりとも譲らない。
「ああクソッ!死ね!死んじまえ真理ィィィ!!」
「死なないッ!!私は、私が全部守るって決めたから!!!」
もはや体の外側を包む光がなければ、その形を維持することすらできないほどに肉体が破壊され尽くした真理。それでも真理は止まらない。
「やってみろやあああああ!!!!」
咲亜は、ゆっくりと仰向けになった。しゃがみ込み、咲亜の頭を抱える真理。
「……負けた。完敗だよ」
咲亜は、残された僅かな力で真理に語りかける。
「あーあ、失敗したなぁ、私」
もはや全身のどこにも力が入らず、かろうじて喋っている状態だ。
「……?」
真理は黙って首を傾げる。
「真理お前……強くなりすぎだよ……」
次第に咲亜の声に嗚咽が混ざる。
「だって……私……クソッ、こんな事になるなんてっ……」
涙と鼻水で、顔をくしゃくしゃにする咲亜。
「……そうだね。咲亜は失敗しちゃったかもね」
真理はゆっくりと頷きながら言う。
「お前……ば、バカに……すんなっ……」
咲亜はズビズビと鼻を鳴らす。
「私はね、たとえどんな理由があったとしても、咲亜のやった事は間違いだと思う」
「……クソ、説教かよ」
咲亜はわざとらしく舌打ちする。
「間違った事は絶対にまかり通らないし、そんな事私が許さない」
「……私がもっと強けりゃ、こんな減らず口を聞く事も無かったのにな」
「……そうだね。でも、結果が物語ってる。私は咲亜に勝ったし、咲亜は失敗した」
「クソが。……今私が動けりゃ絶対に殺してる」
「無理だね」
真理は、軽く咲亜の眉間にチョップした。
「私が過去にしてきたことが、全て間違いじゃないなんて大それた事は言わない。でも、私は私を信じてる」
「達観すんな。ガキのクセに」
咲亜は真理から目をそらした。
「だからね咲亜。……覚えてる?私に初めて合ったとき、私に言ってくれた事」
「さ、さあ。何だったかな……」
真理は、咲亜の頭を撫でるように、優しく手を置いた。
「私の命は、咲亜の物だから。咲亜は私を使って、咲亜をいじめた奴を、二度と歩けないようにしてやればいいんだよ」
「……は?」
「安心して咲亜。あんな奴ら、私が二度と歩けないようにしてやるから」
そう言って、真理は咲亜に笑いかける。
「そ…………、そうかぁ…………」
真理から顔を反らしながら、一気に目から涙を零す咲亜。
「絶対に。絶対に、私が咲亜を助けるから」
「……あぁ、そうかぁ。はは、頼もしいなぁ」
次第に咲亜の視界がぼやけ始める。
「……悪い、聞いてくれ真理。私は真理に負けて最悪に悔しいし、クソのままな人生だったけど、……でも、真理がいてくれて楽しかった。ありがとな、真理。……あぁ……わりぃ、説教の続きは……また…………今度…………」
言いながら、咲亜はゆっくりと目を閉じた。
「……うん。私も楽しかった。ありがとう、咲亜」
そう真理が返事した時、既に咲亜は事切れていた。
─協会本部天級ハンター【石神咲亜】事件─
○石神咲亜(27)
日本ツレサリビト大災害により消失したと思われていた天級ハンター。クラスコンセプトに匹敵する力を付け協会本部を襲ったが、準2級ハンターの倉田真理により死亡。
石神は、クラスコンセプトの処理履歴のある唯一のハンターであった。石神の発言から推察される、ツレサリビトを上回る、さらなる力を持った怪異の存在に留意する事。
本部唯一の天級であり、クラスコンセプトの処理が可能なハンターであるにもかかわらず、当人を独断で殺害したハンター、倉田真理には、厳正な対応が必要である。石神咲亜の発言が正しいのであれば、早急な処分が求められることがわかっている。
追記
ふざけるな。こんなもの、後付けの理由に過ぎない。【銀の弾丸】が想定よりあまりに強すぎただけだろう。当初、管理しきれる物として奴を引き取ったのにもかかわらず、管理しきれないと判断した瞬間処分ってか。
わかってる。そんなこと、今の協会にできっこない。
そろそろ潮時なのかもな。
最初のコメントを投稿しよう!