第二十六話 ツレサリビト

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第二十六話 ツレサリビト

時として、とてつもない力を持った怪異は、その運命や事象、時空までも超越する。 自分が負けなかった事に。 自分が死ななかった事に。 あらゆるものの存在を無かったことに。 その様な力を持つ怪異は「クラスコンセプト」と位置づけられ、ほとんどの場合はその存在すら認知する事はできない。 「大丈夫、気付かれてない」 協会のハンターの警備をくぐり抜け、バリケードと柵を乗り越え、あたりを見回す真理。 「もともと妾の祠もこうして柵で覆われていたからわかる。相手はもう、マリちゃんと妾に気付いておるぞ」 「……うん」 住宅街を進み、川沿いに見えてくる居酒屋。 「……立ち入り禁止のはずなのに」 茜色に染まる町並みを照らすように煌々と光る、看板や店内から漏れ出す光。 「大丈夫じゃ、マリちゃん。まだ気配は感じない」 「……でも、油断しちゃダメ」 ぐっと拳を握りしめ、真理と静世は店内に入った。 「いらっしゃいませ〜」 真理は案内された席へ座る。 「またここに来るなんてね」 「……怖くないのか?」 静世は、お通しをつまむ真理に問う。 「もう怖くない」 夕方から多くの人で賑わう居酒屋。真理は、すっかり暗くなった窓の外を眺めながら、咲亜のあの言葉を理解しようとする。 「なあ、マリちゃん」 「……」 静世が声をかけるも、真理は上の空でお通しをつまむ。 「マリちゃん」 「あ、ごめん。何?」 真理は笑顔で聞き返す。平静を装っているのがわかる静世は、少し言葉をつまらせる。 「その、協会の事だが」 「……うん」 真理はお通しをつまむ手を止めた。 「おそらく協会は、本格的にマリちゃんを始末しにくるハズだ」 真理は、少しため息をついてまた窓の外を見る。 「マリちゃんが咲亜ちゃんを倒した後、暫くして上が決めたらしいが、妾は必ず裏があると踏んでいる」 「裏もクソもないよ」 真理はお通しの最後の一口を食べる。 「咲亜がまだ生きている可能性があるから、私を最大限利用できた。完全に咲亜が死んだ今、協会の人間では私をコントロールできない可能性がある」 「……」 「だから、そうなる前に私を消す。まあ、もともと私が協会に入ったのも、しずちゃんと同じで、管理可能な怪異と勘違いされたのが発端だから」 「こちら、ご注文の海鮮丼とプリンです」 「お、プリンは妾のじゃ」 静世はスプーンでプリンをすくい取り、美味しそうに笑った。 「……もう、協会の人間の中でも気付いてる人はいる。ここ最近の怪異が、手に負えないほど力をつけてきている事に」 真理は、海鮮丼をかきこむように食べる。 「……妾にはなんとなくわかる。おそらく、今この窓から見えている景色も。だが、ここまで深く根付いているとなると、もはや取り返しのつかない程なのやも知れぬ」 静世は、プリンの皿を舐める。 「しずちゃん、もしこの後私が負けるような事があれば……」 言いかける真理を静止する静世。 「言わなくてもいい。マリちゃん、妾はそこまで心配しておらん。マリちゃんは、負けぬ」 午後7時。店内の人間が一斉に床に額をつける。 「……来るぞ、マリちゃん」 「わかってる」 店の入り口から、怪異「ツレサリビト」が3人、入ってくる。 「……来い」 それを仁王立ちで待ち構える真理と静世。その姿は、怪異の目に即座に止まる。少し困惑する怪異。3人で、話し合いの歌を歌う。 「来ないなら、私が……」 真理が瞬きをした刹那、目の前にいる怪異。 「ッ!!」 怪異は、絶に冥と昇を捧げる。 「自己フィールドじゃ、マリちゃん!!」 「……そうこなくっちゃ」 真理は光を滾らせる。 怪異が、真理の肉体の華に上り、郷にならんとする。 「フンッッ!!!」 しかし、そうはさせない真理。怪異の郷をすべて寄せ付けず、圧倒的な光で持って一体目の怪異の頭を潰す。 「す、すごいぞマリちゃん……奴らを圧倒している……!!」 怪異が歌を娘にし、永久の烙印。 「うっ……ぐ…………、ああああああああ!!!」 それに抗う真理。更に光を滾らせ、二体目を地面に叩きつけ粉砕する。 初めて、目の前に現れた人間風情に追い詰められる怪異。焦りや恐怖、屈辱など、今までにない感覚に囚われる。 「消えろ!!!」 真理が迫る。怪異は、終焉を暇に刻む。が。 「……っ、はぁ……」 乱れた息を整える真理。この、咲亜を取り込み多くの被害者を出した怪異は、今この瞬間真理の手によって葬られた。 「……ありがとう、真理ちゃん」 ──日本ツレサリビト大災害── 約2700万人、返還。 元準2級ハンター、倉田真理による、ツレサリビトの処理が確認された。これにより、約2700万人の人々が、無事に返還された事となる。 本来であれば認識、観測できないはずである被害者達だが、協会所属怪異のジル=デビルの証言により再調査。消失者との調書の照合により発覚した。 これにより、倉田真理を再評価する声も一部の中から上がったが、天級ハンターを殺害した事に変わりはなく、本部としては毅然とした態度を取り、倉田真理の殺処分に総力を上げるものとする。 追記 上は何もわかっちゃいねえ。ツレサリビトは、石神咲亜ですら勝てなかった相手だ。それを平然と倒して帰ってくる奴をどうやって殺処分するつもりだ? 少し考えればわかることなのに、奴らはそれすら認識できていないし、理解しようとさえしてないんだ。 そもそも敵に回すべき相手を間違えている。俺達の本当の敵は、我々の生活を脅かさんとする怪異そのものだろうが。
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