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第二十八話 怪異ハンター協会
「怪異ハンター協会は、全国で発生する怪異から、皆様をお守りするために作られた協会です。
怪異はとても恐ろしい存在で、常に我々の生活を脅かしています。
そこで、怪異ハンターと呼ばれる怪異のプロ達を募り、皆で戦った事が協会の始まりです。」
「真理、本当にやるんだな……?」
ジルは、真理の肩に手を置いた。
「うん、こうするしかない」
真理はジルの手をそっと下ろさせる。
「おかしくなったのは、世界だけじゃない。協会も、ハンターも。……私も」
真理は自分の手を見つめる。光る手には、僅かなブレを感じる。
「……わかった。俺は付いていくよ、真理」
戦闘能力の乏しいジルは、真理の影に身を隠す。
「本当なら、俺はお前を殺してでも止めるべきなんだろうな」
古くから協会に所属していた怪異であるジル。協会に対する想いもある。
「多分あの時からだ。咲亜が、きさらぎ駅から帰ってきたあの時」
「……きさらぎ駅?」
そんな駅名は存在しない。真理は首を傾げた。
「知らなくていい。知らなくていいんだ。世の中には、知らなくていい事なんて沢山ある」
ジルの言葉に、真理は全てを理解したように
「なるほど」
と呟いた。
「……もしかしたら咲亜なら、この無限に続く地獄を乗り越えられるんじゃないかって、そう思ったんだ」
『警報、警報。倉田真理による襲撃が発生。職員はマニュアルに従って避難を。各ハンターは、倉田真理を可及的速やかに処理せよ。繰り返す──』
「心苦しいが……、妾も協力するぞ、マリちゃん」
「うん、2手に別れるよ!」
それぞれの道を進む真理、そして静世。
静世は、ブレーカー室にやってきた。
「……来ると思ったよ、神ヶ原さん」
そこにいたのは、人事部の松永だった。
「止めるつもりならお主も殺す」
「久しく現役から退いていたけど、久々に怪異ハンターの血が疼くなぁ」
「……たわけが」
静世は神具を取り出した。
「報告は聞いてるよ。神ヶ原さん、君は樹木を操る力を持っている」
松永は、余裕を見せながら静世の技を次々とかわす。
「僕がなぜ人事部にいるかわかるかい?」
「当たらない……!クソ、【覚】か!」
「素晴らしい、正解だよ神ヶ原君!」
覚。古来より妖怪として知られていた怪異。相手の心を読み、隙をついて人を食らう。
「怪異そのものの力はそこまで強くはない。だからこそ、僕は4級のままここまで登り詰めたのさ」
言いながら、小さなナイフを取り出す松永。
「今度は僕の番!!」
静世の脇腹に松永のナイフが突き刺さる。
「がっ……」
怪異の力を盛り込まれたナイフ。物理攻撃が効きにくい静世も、怪異の力には弱い。
「フンッ!!」
松永は突き刺したナイフを横に薙いだ。腹部から血と臓物が流れ出る静世。
「……これは効いただろう?」
「こ、これしき……!!」
「静世!!」
ジルが遅れて駆けつける。
「おや、ジル。君もそちら側だったか」
「クソが……!立て静世!!」
急いで静世を癒やすジル。
「我々の邪魔をするのなら、君にも容赦しないよ」
一瞬で距離を詰める松永。だが、次の瞬間体が止まる。
「……なぜ動じない?」
一切感情の変化が無いジルに戸惑う松永。
「俺はただ、救いたいだけなんだ」
徐々に静世の傷が塞がっていく。
「時々ムカつくし、高圧的だし、ちょっと怖いし、胸と尻に反比例して態度だけはでけえあいつを」
松永がナイフを構える。
「……なんの救いもなかったあいつを」
刹那、地面から生えてきた木が松永を絡めとる。
「なっ……!!」
ゆっくりと、静世が起き上がる。
「ありがとう、ジルくん。おかげで妾も心の準備ができた」
静世は懐から神木の皮を取り出した。
「妾も、マリちゃんにすべてを捧げる覚悟ができた」
神木の皮が、槍のように鋭く伸びる。
「や、やめろ……やめろおおお!!!」
「貫け、蜻蛉切」
神木の皮が、松永の目玉から、後頭部に突き抜けた。
総司令室にやってきた真理。
「……頼む真理、考え直してくれ!」
「ごめんなさい、朝比奈先生。でも、もう私は協会自体を信用してない」
「頼む……真理を殺したくないんだ!」
叫び、見開く目。その気迫からは、本気の気持ちが伝わってくる。
「先生……」
真理が気まずそうに目をそらした瞬間、真理の胸に衝撃が走る。
「……?」
真理は、光る右手で胸に触れる。赤く、ぬらりとしたあたたかい血が、どくどくとたれ落ちる。朝比奈の放つ弾丸が、真理の心臓に突き刺さった。
「せ、先生……」
「チッ、これくらいじゃ死なないか。……悪いな真理、私達も本気を出させて貰う」
後ろから続々と現れる、ハンター達。
「み、皆……おかしい……よ…………」
ついに膝をついてうずくまる真理。
「トドメをさせ」
部下のハンターに指示する朝比奈。
真理の意識が遠のいていく。首筋に、刃物が当たる。
真理は、絶望していた。
今まで、仲間と呼べる仲間がいた試しがなかったから。
1度は決めた、自らの死。
その先にあったのが、今の仲間だと思っていた。
色々な記憶が蘇る。すべて嘘だった記憶。
結局は、あの頃と何も変わらないし、私に居場所なんて無かった。
……咲亜だけは、違った。
「あいつらを二度と歩けないようにしてやるんだよ。楽しそうだろ?」
咲亜の声が聞こえた気がした。
首筋の刃物は、熱とともに融解し、地面にぼとりと落ちて火を上げた。
「……なっ」
真理は裏拳でハンターの顔面を潰し、ゆっくりと立ち上がる。
「まだ立てるか……」
朝比奈は金棒を構える。
あの頃と同じだ。周りに味方は一人もいない。でも、違うことが一つだけある。それは、周りにいるのは全て敵じゃない事だ。敵にすらならない雑魚どもばかりである事だ。
「はぁ」
光る右手の力で傷口を塞ぐと、真理は朝比奈含め全てのハンターの目を1人ずつ見る。
「……覚悟はいいか?」
真理の目に映るのは、かつての仲間たちの悪意だけだった。
「来るぞ……!」
一斉に襲いかかるハンター。
「ぬあぁ!」
それを、たった1振りの拳と圧で全て弾き返す真理。
「遅いッ!!」
ハンターの群衆から一人抜け、朝比奈が金棒を真理に振り下ろした。
「死ねぇッ!」
振り下ろされた金棒は真理の脳天に命中。同時に雷が真理をめがけて落ちる。だが、真理は倒れない。
「……よく当てました。えらいね」
「は」
真理は、頭に光を滾らせそれを防いでいた。体勢を崩した朝比奈を抱き上げる。
「あっ」
朝比奈の脳裏には、真理について書かれた報告書がよぎる。……潰される。
「チッ!」
朝比奈は真理を殴る。しかし、真理は止まらない。骨盤をゆっくり、ゆっくりと締め上げていく。
「がっ……クソ、放せッ……!」
朝比奈は何度も懸命に真理を金棒で殴り抵抗する。しかし、その抵抗も虚しく全ては光により弾かれる。
「えらいね。でも、わかってるでしょ。全部無駄だって」
さらに力強く締め上げる真理。メキメキと音を立てるように、骨盤が徐々に限界を迎える。
「ぐああッ!!クソッ……クソが!!!」
その激痛により、いよいよ朝比奈は武器を落とす。それでもなお、真理の手を押し広げ、抵抗しようとする朝比奈。
「誰か……助けッ……ああぁッ!!」
無駄だとわかっていても、両足をもがきながらバタバタと振る。体を引き抜こうと懸命に両手で真理の顔や手を押し込む朝比奈。しかし、そんな朝比奈を見て誰も助ける事なんかできない。助けようものなら、真理の眩い光に飲み込まれかねないからだ。
「さよなら、先生」
「あああああああああああああっ!!!」
朝比奈の骨盤はついに粉砕。
「あががッ……グッ……あぁ……」
それなのに、真理はまだ手を緩めない。それどころか、更にキツく締め上げる。
「まだ聞こえるかな。先生。安心して、最後はしっかり殺してあげるから」
ブチブチと、筋肉が千切れていく。逃げ場を失った臓器は、いびつに上下に別れていく。皮一枚で繋がった上半身と下半身は、その圧力に耐えかね千切れるように両断された。
地面に転げ落ちる、朝比奈の上半身と下半身。朝比奈は泡と血を吹きながら、真理の腕の中で既に絶命していた。
「皆見た?キレイでしょ。皆もこんな感じで、1人ずつ順番にキレイに殺してやるよ。まずは貴方から。おいで。来なきゃ私が行くね」
その様子を見て絶望したハンターは、逃げも隠れもしない。そんな事、この化物の前ではなんの意味も成さないと理解したから。できる事は、せいぜい自分だけは何かの間違いですんなり死ねる事のみ。
真理は人差し指でハンターを指名し、1人ずつキレイに殺していった。
「倉田さん」
藤田は、放送用マイクのスイッチを切りながら振り返る。返り血で真っ赤に染まる咲亜は、少し困った様に笑う。
「……ごめんね、藤田さん。貴方はどちらか選んで下さい」
真理はそう言った。
「選ぶ……」
少し考える藤田。
「この場で私に殺されるか、どこかに逃げるか」
その選択肢に、藤田は少し目を細める。
「安心して。もし殺される方を選ぶなら、苦しまないように一瞬でやるから」
「……逃げてもいいんですか?」
藤田は問う。
「うん。……じきに、逃げ場もなくなっちゃうので」
「……そうですか」
藤田は、すべてを悟ったように、ふうっとため息をついて、マイクをへし折った。
「逃げも隠れもしません。ただ、殺すのはやめてもらいたいです」
「……大丈夫なの?」
真理は心配そうに藤田を見つめる。藤田はここにきて初めて理解する。真理がおかしいのではない。おかしいのは、自分を含めたこの世界である事を。
「例えどんな絶望が待っていようと、最後まで見届けさせて下さい」
真理は、藤田を殺しに来た。今のうちに死んでおくのが、藤田にとって最善であると。この先の未来が、死ぬ事よりも恐ろしいと。そう考えたからだ。藤田には、それがわかった。
「倉田さん。あなたは間違っていません。私は、最後まで応援します。いや、応援させて下さい。そして、あなたの選択を見せてください」
「……わかった」
「わがまま言ってすみません」
真理は、頷いて、黙って部屋を出ていった。
──2月14日(バレンタインデー)──
多分、ほぼ全員のハンターを殺した。
職員は、多分まとめて瓦礫に埋もれた。中には逃げ出した人もいるけど、もはや些細な問題だ。
私が殺した。全て。私が。
こうすることでしか救えない。
もう、後戻りはできない。
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