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第三話 犬神
「ねえ、別れるなんて言わないでよ!!」
緋奈子は男にしがみつく。
「……もういいだろ。勘弁してくれよ」
男はそれを払うように手を振った。
「なんでよ!私あなたのために毎日お弁当も作ったし服も合わせたしいつも守ってあげて……あなたの為に……」
「重いんだよ、そう言うの」
「なっ……」
緋奈子は打ちひしがれた。
「じゃあな、帰るから」
男は立ち去ろうとし、緋奈子に背中を向けた。
「ぎゃあああああああああああ!!!!」
突然緋奈子が叫ぶ。男は驚いて振り返る。
「ひ、緋奈子……?」
「……わかった。永遠に私の物にしてあげるね」
男の血しぶきが空を舞った。
『怪異警報。薔薇浜、鳥本区にて怪異発生。クラスゴッド。不審人物に注意してください。特徴は、ツインテール、黒のワンピース、体長150cm程でヤセ型の女性で、至る所に返り血を浴びています。特に、鋭い爪と牙に注意して下さい。繰り返します──』
「やめて……ゆるして……」
多くの人が血を流し倒れる繁華街。その隅の方で、女性は緋奈子に顔面を押さえられ、首筋を舐められる。
「だめ。あなたも、永遠に私の物」
緋奈子に喉元を食い千切られ、ついに女性は事切れた。
「ひひ、もっとたくさん欲しい……もっと!!」
「そこまでだぜ、お嬢ちゃん」
緋奈子は声に振り返った。そこにいたのは影のような存在。
「残念だがそこで終わりだ。短い間だったが楽しめただろ?」
ジルが壁によりかかりながら緋奈子に声をかけた。
「……悪魔…………欲しい!!」
緋奈子はジルに飛びかかろうとするが、その瞬間後ろから羽交い締めにされる。
「わりいな、ありゃ私のモンだ」
と、咲亜。背中を軽く突き飛ばしバランスを崩させると、そのまま腰を掴み緋奈子にバックドロップしようと腰を掴む。
「ダメ!!!」
しかし、緋奈子が一気に解き放ったオーラの衝撃により、咲亜は吹き飛ばされてしまう。
「うっ…!」
吹き飛ばされた拍子に、咲亜は後頭部を電柱に激しくぶつける。
咲亜の後頭部は原型をとどめず、脳に直接損傷を受けた咲亜は、勢いのまま地面に伸びた。
「お、おい咲亜!!」
「ひひ……これで悪魔は私の物……」
緋奈子はジルににじり寄る。
「おいコラ咲亜!!死ぬんじゃねえなんとかしろ!!」
「ダメだよ、あれはもう私の物」
「……チッ」
ジルは舌打ちして、ニヤッと笑った。
「よく見てみろ、節穴が」
刹那、背後に気配を感じた緋奈子。振り返った瞬間、顔面に強烈なパンチを受けた。
「…!?」
「どうだ、怖えだろこいつ」
咲亜は後頭部の殆どを失った状態で立ち上がり、さらに緋奈子の顔面を殴る。
「そんな……バカな!!」
緋奈子は一瞬動揺するが、再び鋭い爪を構え、咲亜の顔面に突き立て引き裂いた。
「がっ……」
咲亜は両目を失い、顎はずり落ち、喉からは赤黒いモノが垂れ下がる。
「クソッまた顔かよ」
「……なんで、なんで死なないの!?」
刹那、咲亜の掌が緋奈子の頭部を捉えた。
「うっ」
そして、勢いのまま電柱に向けて緋奈子の頭部をぶつける咲亜。2度、3度。何度も叩きつけられ、ついに緋奈子は動かなくなった。
「ふうん、犬神に取り憑かれてたってワケか……」
ジルは緋奈子の死体を調べる。
咲亜は緋奈子の遺体を抱き抱えた。
「……人は誰しも秘めた欲望を持っている。犬神はそのきっかけにすぎない」
ジルはふう、とため息をついた。
「嫌な世の中だな」
咲亜は何も喋らず回収機に緋奈子の遺体を投げ入れた。
──薔薇浜市犬神憑き通り魔事件──
○相田緋奈子(19)
犬神に取り憑かれ変異。17名を死傷させた後ハンターの激しい殴打により死亡。
犬神に取り憑かれクラスゴッドの怪異へと変異した、普通の少女であったことに留意すること。
また、本事件にかかわらず、クラスレジェンド以上の怪異を処理する場合は、必ず準1級以上のハンターを使う事。
今回の事件は2級のハンターが処理にあたり、事なきを得たが本来であれば都市閉鎖級の危機に瀕していてもおかしくはない。
このような事はあってはならない事であり、ハンターの要請に当たった職員には厳しい指導を行うものとする。
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