第四話 口裂け女

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第四話 口裂け女

「私、綺麗?」 口裂け女はマスクを外す。 「かわいいと思うよ」 咲亜は口裂け女を見ずに言った。 「…ほんと?嬉しい」 口裂け女は両手を頬に当て喜んだ。 「所で咲亜ちゃん、今日は非番なの?」 「非番も何も、怪異が出れば私の仕事だ」 「大変だね。ジルももう少し強かったら……」 口裂け女は横目にジルを見た。 「うるせえ、デカ女!!」 「キー!なによ!」 口裂け女は眉間にシワを寄せた。 『怪異警報。茨本町内にて怪異発生。クラスレジェンド。赤いコートの不審人物に注意してください。繰り返します──』 「私、キレイ?」 少年に、大きなマスクを付けた赤いコートの女が問いかける。 「は、はい……」 少年は泣きながら答える。 「……あっそ。ぽすね」 赤いコートの女は少年の頭を鷲掴みにする。 「えっ」 女はそのまま手に握ったそれを握りつぶした。 「そこまでにしとけよ、この変態ショタコン女が」 背後からかけられた声に女は振り返る。 「今まで私の偽物をたくさん見てきたけど、本物の怖さってのを教えてあげる」 現れたのは、口裂け女だった。口裂け女は、大鉈を構え戦闘態勢に入る。 「……サケ!ぽす!!」 女は勢いよく口裂け女に飛びかかる。口裂け女はそれをかわし、大鉈の柄で女の顔面を殴る。女は体ごと吹き飛ばされ、向かいの建物が破壊される。 「ぽす!!ぽす!!」 「は?」 しかし、女はほぼ無傷で立ち上がる。女の口元のマスクは破れ、歪な口の形が顕になる。 女は口裂け女に再び飛びかかる。 「ちっ、めんどくさ」 口裂け女は大鉈を構え、思い切り下ろす。瞬間、衝撃波により後方の建物が崩壊。 「……!?」 しかしその大鉈は、女の右手人差し指と中指の間で止められていた。 「くっそ……!」 口裂け女が再び大鉈を振ろうにも、女の指の間で止まった大鉈はビクともしない。 「めめっ!ぽすよー!!」 女は左手の中指を立て、口裂け女の腹部に突き立てた。 「ウッ!!……ごっ……」 女の左手は口裂け女の腹部を貫通し、手は口裂け女の血で真っ赤に染まる。 「なん……こいつ…………」 「モルせ!モルせ!!」 女は左手を抜くと、今度は口裂け女に向けて左手で平手打ちを何度もぶつける。 「ぶッ……やめッ……」 パン、パンと小気味よく響いていた音はしだいに鈍くなる。何度も何度も執拗に平手打ちをぶつけ、もはや口裂け女の顔が原型を留めなくなったあたりでようやく手を止め、投げ捨てるように口裂け女を放った。 「マヌった……マヌった……」 女は恍惚とした表情で天を仰ぐと、口裂け女を優しく抱擁した後、地面に投げ捨てトドメと言わんばかりにグチャグチャに踏み潰し、その場を立ち去った。 「……口裂け女」 影から見守っていた咲亜は、握りしめた拳を壁に打ち付けた。 「あの口裂け女が死んだ……?おい、1級ハンターの口裂け女ですら勝てねえ相手だぞ!」 ジルは咲亜の肩を揺さぶった。 「……」 「落ち込んでる場合じゃねえ!ほっときゃとんでもない被害になるぞ!!」 「……わかってるよ」 「クソッ、応援を呼ぶ!それまでここで足止めして時間を稼ぐんだ!!いいな!?」 ジルは言いながら立ち去った。 「……はぁ〜、やってくれたな」 咲亜の眼光に、怒りの炎が鋭く光った。 「マヌっ……マヌりて〜……」 女は尚恍惚の表情のまま街を闊歩する。咲亜はその女の前に立ちはだかった。 「……お!お前、ハンター?」 女は咲亜を指差した。 「……ああ。お前を殺しに来たんだよ」 「お前もザコ??」 女は首をかしげる。咲亜は指を鳴らしながら 「どうだろうな?」 と言い、咲亜は徒手空拳の構えをとった。 「ぽす!ぽす!!!」 女が咲亜に飛びかかる。 「ッ!!」 直後、両者の拳と拳が激しくぶつかり合う。反動により周囲の塵が巻き上げられ、周辺の建物の窓ガラスが一斉に割れる。 「ははははあはあああはああはあ!!!」 「ぬああああああ!!!!」 咲亜の本気ストレートが女の顔面に命中。衝撃により生じた風圧が、隣の軽トラックを横転させた。 「……はぁ、はぁ」 「ぽす?!?ぽせない?ぽす!!!!」 このパンチを食らってなお立ち上がる女は、一瞬のうちに接近し、左手中指を突き立て咲亜に迫る。 「っ!!!」 あまりの速さに対応しきれなかった咲亜は、そのままこれを顔面で受け、左手ごと後ろの壁に叩きつけられた。コンクリートが割れ砂埃が舞う。 「ぽした!ざまあみろ!!」 女は立ち去ろうとするが、左手が動かない。 「……?」 砂埃で、左手の先は見えない。すると、突如砂埃の中から手が飛び出し、女の髪を掴んだ。 「ほんほはほっひのはんはなぁ!!(今度はこっちの番だなぁ!!)」 攻撃を食らった際、咲亜はそのまま中指に噛み付いて放さなかった。 「ウそだろお前!!ぽすな!!ぽすな!!」 咲亜の顎は既に衝撃により裂けているにもかかわらず、左手は咲亜の歯に挟まれたまま動かない。 「おああああああああ!!」 咲亜は髪を掴んでそのまま女の顔面を壁に叩き付けた。女の顔が壁にめり込む。 「あぁ……あぁ……」 女の顔面は歪み、頬あたりの裂け目から血が吹き出す。今度は地面に叩き付ける咲亜。既に女は動かない。 咲和は口の中に転がる女の指をプッと吐き出し、 「終わりだ、偽物」 女の頭を踏み潰した。 「……で、倒してしまったと」 「怒りで我を忘れてた」 咲亜は線香に火をつけ、口裂け女の墓に供した。 「頬とか目とか、顔のパーツは治すの結構大変なんだぞ」 「冷静になんてなれないだろ。友達が殺されてんだ」 線香を立て手を合わせる咲亜。ジルもそれを見て同じように手を合わせた。 「まあしかし、これで2級のお前がレジェンド級以上の怪異を倒すのも2回目だ。正式な昇級がくるかもな」 ジルが鼻の下を擦った。 「なんでジルが自慢げなんだよ」 咲亜はジルの頭を軽く叩く。 「……まだ、ただの一歩にすぎないんだよ」 咲亜は遠くの空を見た。 「母さん」 ジルはそう呟く咲亜を何も言わず見つめていた。 ──茨本偽口裂け女殺害事件── ○咲本靖子(さきもとやすこ)(27) 口裂け女の怪異から派生した口裂け女の1級怪異ハンターであったが、口裂け女のパロディ怪異との戦闘の末死亡。 ○杉本騎士(すぎもとないと)(5) 口裂け女のパロディ怪異により殺害。 本事件の特筆すべきは、パロディ怪異によって本家怪異であり、1級ハンターであった人物が死亡した事である。 この怪異は、本家を凌ぐ圧倒的な膂力を持っていたとされるが、これを処理したのは2級のハンターであった。 このハンターは以前も2級ハンターの処理能力を超える怪異の処理にあたっており、このハンターの活躍により、クラスレジェンドの怪異による死者2名という記録的な被害の少なさを叩き出した。 本部では、このハンターの再評価を行うとともに、ハンターの人員不足の対策案を検討することとする。
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