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職員室を出る葉月に小さく手を振る。自分もそろそろキリをつけようと仕事の速度を上げた。
「お先に失礼します」
誰かの声がして、職員室のドアの方を見ると優成が帰って行くところだった。
優成が帰れば張っていた緊張の糸が緩む。
──もう少しやっていこうか。
美園はためていた仕事のひとつに手をつけ始める。それを終えて片付けを始めた頃には21時半を回っていた。
今から名古屋駅に行けば、新幹線の時間にもちょうどいい。
早く会いたい。
職員用玄関を出ると、校門へ向かって早足で歩いて行く。
「美園」
校門のすぐ手前。職員用駐車場を通り抜けようとしたところで、暗闇から誰かに声をかけられる。
街頭にほんのり照らされたその顔。
優成が、にこにこと恐ろしいまでの笑顔をむけて立っていた。
あまりの恐怖に足がすくむ。
すたすたとこちらに向かってくるその姿は、美園の知っている優成ではない。
穏やかに微笑む笑顔の下は、憎悪に満ちているような気がした。
「遅かったな」
「……何か、用ですか」
「とにかく、車に乗って」
美園はふるふると頭を振って、足を一歩後ろに下げる。そのまま走り去ろうとしたところで手首をガッと掴まれた。
「いやっ!! 離してっ!!」
「何もしないよ。美園にお願いがあるだけだから」
「お、お願い?」
「交換条件だよ。ほら早く」
半ば押し込まれるように、車の助手席に座らされる。無言で優成は車を発進させた。
「ど、どこ行くの?」
「礼央に会わせろ」
ものすごく言葉が冷えている。優成の口から溜まっていた憎悪や恨みがぬるぬると溢れ出てくるのを感じた。
「会ってどうするの?」
「交換条件だって、言ったろ?」
「……どういうこと?」
22時過ぎの名古屋駅。百貨店やお土産店は閉店し、日中に比べればずいぶん人通りも少ない。
美園は優成と並んで、名古屋駅にある銀時計の前で礼央を待っていた。改札から人が出てきて、新幹線が到着したのが伺える。
「美園……っ!!?」
美園の姿をとらえた礼央が、走り寄ってくる。隣にいる優成を見ると、みるみるうちに怪訝な顔になり、途端に足が止まった。
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