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コーヒー、一杯分の時間
「コーヒー淹れるから、ちょっとだけ、話しよ?」
別れ話を終えて帰ろうとすると、葉月が小さく震える声でそう言った。正直、面倒だと思った。話をすると言っても、別れ話の後に何を話したいと言うのだろう。怒っても泣きつかれても面倒だ。
だけど、泣きそうな顔で言う葉月を置いて帰るのは簡単だけれど、それは後味が悪いし恨まれでもしたらもっと厄介だと思った。少し話すだけで気が済むならいいか。あいつの淹れるコーヒーだけは美味いからな。
軽くそう思って俺はキッチンへ向かう葉月を見送った。
「ごめんね、ハルくん。お待たせ」
コーヒーが入ったグラスを置きながら葉月が言う。こんなことでいちいち謝る、そんなところも今では苛々する。だけどもう少しだけの我慢だ。早く飲んで話を終わらせて帰ろう。この時間なら玲香もつかまるかもな。あとで電話して気分転換しようか。
そんなことを考えながら、葉月がとつとつと話すのを聞くともなく聞いていた。どうやら、付き合い始めたころからの楽しかったことなんかを話している。
……退屈だな。
早く終わってほしい、帰りたいなと思いながらコーヒーを一気に半分ほど飲む。氷がたっぷり入ってキンと冷たく、目が覚めるように濃いコーヒーに、退屈でぼんやりしていた頭が冴えるような気がした。
やっぱり美味いな。
「美味しい? あのね、ハルくんがコーヒー好きだって言ってたから」
また話が長くなりそうだ。はぁ、とため息をつきつつ、俺はコーヒーを口にする。
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