笑う女

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笑う女

 くすくす、くすくすと葉月は軽やかに笑っている。こんなに妖しげな顔をする女だったかと違和感を覚えながらも葉月に見入っていた。そう、俺は葉月から目が離せなかった。少しでもそうすると何をしでかすか分からない、そんな不気味さが今のこの女にはあった。   「わ、悪かった。なぁ葉月。話せば分かるから、とりあえずこの紐解いてくれないか」    これまでなら俺がこいつにこんなに下手に出ることはなかった。顔色をうかがっているのはいつも葉月の方、嫌われたくないと気を遣うのは葉月の方だったから。だけど今、その立場は完全に逆転していた。頭を下げて、俺は葉月に懇願していた。悔しいとかなんでとか、そんなことよりも葉月の笑みが怖かった。とにかく早く、この場から解放されたかった。   「駄目よ。そんなことしたら、ハルくんきっと逃げちゃうでしょ? 分かってるんだよ、わたし。だからすっごく考えたの。どうしたら、ハルくんがわたしだけのものになるんだろうって」    嬉しそうに、熱に浮かされたように頬を染めて話しながら、ゆっくりとベッドの上に乗ってくる。ギシッと小さく鳴るベッド。重なるふたりの影。  顔を寄せてくる葉月の手元に、何かがキラリと光るのが見えた。  笑顔で見てくる葉月とはうらはらに、俺は恐怖に体が冷えていくのを感じていた。    葉月だけのものになる。逃げられない。……殺される、のか――?    腕を掴むほどにすぐそばまできたその恐怖に、歯がカタカタと震え始めた。    殺される、殺される。……嫌だ、死にたくない。殺されたくない。助けてくれ――。    震えて何も言えない俺を見て、抵抗を止めたとでも思ったのか、葉月が恍惚とした表情で続ける。   「本当はね、心も全て、わたしのものにしたかった。だけどハルくんは自由な人だから、それはできなかった。それならせめて、体だけはわたしだけのものにしようって思ったの。全部ぜんぶ、ひとつ残らずわたしのものにしてあげるよ、ハルくん」    にぃっと笑った葉月の手には、鋭く光る刃物が握られていた。
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