不思議な眼鏡と盆祭り

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 お祖父ちゃんの家には不思議な物が沢山詰まった蔵があって、僕は毎年そこを漁るのが好きだった。  今年の成果はこちら、幽霊眼鏡。  ちょっとした出来心で、僕はうたた寝するお母さんの眼鏡と幽霊眼鏡をすり替えてから祭りへ出かける。  「優太!」  暗い道を歩いていると、後ろから血相を変えた様子のお母さんが走ってきた。イタズラに気付いたみたいだ。 「怒ってる?」 「怒ってないけど、一人で夜の祭りに行くんじゃないの」 「へへへ」  叱られるのも一緒に祭りに行くのも久々だから、何だかくすぐったい。お母さんと歩くの、クラスメイトに見られるかもしれないのはちょっと恥ずかしいけど、今日くらいは良いかな。  二人で祭り会場に到着すると、色取り取りの縁日と、沢山の人だかりが大通りを陣取っていた。何処か遠くで、祭り囃子が聞こえる。  リンゴ飴、焼きそば、クレープ、トロピカルジュース。どの店からも独特の匂いが充満して、混ざり合って。でも、不快な感じはしなかった。 「折角だし何か買ったら?」 「お母さんは優太と歩けるだけで胸がいっぱいだよ」  大袈裟にも聞こえるこの言葉は、しかしきっと本心から出ている言葉。  実は去年の夏まで、僕は病気がちで病室に籠もりきりだったのだ。酷いときには立ち上がることもままならなくて、何度家族を泣かせたか分からない。でも、それも今は昔だ。  病院生活が終わり、すっかり自由の身となった僕としては、もっとあれこれ満喫したい気持ちもある、筈なのだが。どうやら祭りに来られた感慨に胸がいっぱいなのは僕も同じらしい。  勿体ないことに、何を買うでもなく僕等はゆっくりと足を進め続けた。 「お母さんね、最近ブログを始めたんだよ」 「ブログ?何を書いているの?」 「その日あった出来事とか、育て始めた植物の事とか。少ないけど、読んでくれる人もいてね。いいねってボタンも押してくれるの」 「へえ、僕も読んでみたいな」 「嫌だよ、恥ずかしい」 「植物なんて育てるの何年ぶり?」 「四年ぶりかな。優太が小学一年生の時以来。あの時はすぐ枯らしちゃったけど、今回は多肉植物で、比較的初心者でもお世話しやすいものにしたの」 「た、にく。肉?」 「多肉。葉っぱとか根っことかにね、水を貯蔵している植物のことだよ」 「いまいち想像つかないや」  学校のこと、趣味のこと、家でのこと。  入院している間は気遣われて何となく出しづらかった話題が、今ではすらすら出てくる。この大きな進歩が、僕は素直に嬉しい。  おかしい話だけれど、これだけ大勢の人がいるというのに、声を張らなくても自然と互いの耳に伝えたいことが届いていく。  世界に二人しかいないような感覚だった。  「あ……」  どちらから漏れた声だろう。  いつの間にか、縁日の端を通り抜け、神社の前に来ていた。  二人でそびえ立つそれを見上げる。 「知ってる?ここの鳥居は、この世とあの世の境目なんだって」 「お父さんには聞かせられないね」 「え、嘘」 「あれで怖がりなのよ」  一気に石段を駆け上がり、お母さんの前でピタリと停止して向き合う。 「お母さん、会えて良かったよ。また来年」 「え?」  僕は返事を聞かず、鳥居を潜る。      幽霊眼鏡は、もう何も映さなかった。  
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